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ジャンプ!(3)
「100年……」
言われてみれば、遺跡発掘とかの活動は近年に始まったことなんだから、そのくぼ地の周辺に人の手が入ってない自然な緑が広がってることは不思議じゃないよね。
でもそんなことより、数秒前に私が背面バンジーしたハズの崖の上の私って、一体何に恐怖を感じてたのか?ってくらい今ここに高所恐怖ポイントなんて全然ない。ストレートに言えば、崖がペッタンコな平地に変化してる。
「なにもなくなってる……」
『無くなっているのではなく、そもそも無かったのだ』
「そっか、過去だった……。えっ、無かった?露頭が?あんな断崖絶壁が100年くらい前は、そもそもなかった?」
『そのようだな』
「そうなんだ……」
守護神はそれ以上多くを語らなかった。
「私、これがどういうことなのか知りたい……」
『では、戻るとしよう』
「どうやって?またバンジー?高い所ないよ?」
『マイナス100年ジャンプしたからといって、戻りがプラス100年ではない』
「ん?そうなの?」
『君は数分前どこにいた?』
「現在ですけど」
『その数分前にジャンプするだけだ。エルクァフゾは常に“往”と“復”の繰り返しで、“往”の次のジャンプは必ず“復”にしかならない』
「じゃあカボチャの次のスイカは」
『往復だった。それ以降も往復を何度か試した。必ず往復ワンセットだ』
「初めの“往”の次のジャンプは、必ず“復”かぁ」
私は近くの切り株に立って守護神を胸に抱いた。
『君は褒められると伸びるタイプだろう』
「いつも一言多いよね、ヨッと!」
そして私は“復”をフィニッシュさせた。
その日は、クラスの大勢が授業を終えると理科室から一斉に退出する生徒たちの流れに逆らって、教壇に向かって歩く私がいた。
私にはどうしても教えてほしい事と、はっきりさせたい事のふたつがあった。
「志摩先生、少しお話しできますか?」
「おや、みかもっちゃん!どうしたのかな?」
私はどうしても自分の目で見た、三賀山露頭が存在しない過去という事がどういう状況なのかを知りたかった。
「志摩先生は以前、あの断層面が地表に出ている三賀山露頭が、断層の活動によるものだと教えてくれましたよね」
「うん、そうだね」
「断層って、どんな風にできるんですか?」
「うん、日本列島は大きなプレートに乗っかってるんだけどね、それらが動くときに地盤の弱く柔らかいは部分は割れてズレるんだよね、その割れ目が断層で、そこから地表に現れたのがあの露頭って感じかな」
「それって、どれくらいの速さでズレるんですか?」
「速さは断層ごとに大きく異なるかな。でもズレ量が増加する平均変位速度は、千年あたりどのくらい変位したかで表すことが多いし、活動間隔は極めて長いよ」
「例えば100年前は活動していなかった断層が、急激に動いたら?」
「それは、活断層の中でも非常に活発な動きである可能性が高いかな」
「そ、そうなんですか……」
「どうしたの、かな?」
「あ、はい!すごく勉強になりました!いつも本当にありがとうございます!」
私は、なるべく明るくその場を去る。くるりとターンした時のポニーテールの動きを首筋に感じながら。
「あ、みかもっちゃん」
「はい?」
「がんばってね」
「ん?」
「研究でしょ?」
「ええ、はい!」
志摩先生は、いつも私に優しかった。やっぱり自分の好きな学問を同じように志す学生がいたら嬉しいもんだろうし、可愛く思えるでしょうし。
「私ね、色々と自分でも変わったと思うんだ。棗ちゃんとは会えなくて寂しいけれど、おばあちゃんの事も知れたし、守護神はまだ好きになれないけど役に立ちそうだし、志摩先生には気になってた事も教えてもらえたんだぁ」
私はおばあちゃんの仏壇に近況報告してた。
仏壇の最中と羊羹を見て、胸がギュっとなる。
『梓ちゃん、意外と古風なんだね、羊羹とか最中とか好きだし』
前に棗ちゃんはそう言ってた。
その理由は、小さい頃おばあちゃんが好きだった羊羹と最中を私も好きだったから……。それを棗ちゃんに教えてあげられなくて悔しいよ、私。
そう言いながら静かに仏壇の障子と雨戸を閉めた。
今、おばあちゃんは私になんて言って励ましてくれるだろう。私が今やろうとしている事をどう思うだろう。
そんな事を考えながら、その晩ベッドに入る私がもう一つ思い出した事……それはチビの私が『暗い部屋で眠れない』と言って、今も使ってるキャンドルみたいなライトを買ってくれたのが、おばあちゃんだったという事だった。
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