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私と自分(1)
ふわふわと浮かんで漂う
漂ってはまた元の場所に戻ってふわふわ
パラパラ開いたかと思えば閉じてまた元通り
そしてそれは薄明るい部屋の奥から薄暗い所を通ってこちらへ
荷物で塞がれてしまった窓の隙間から差し込む光がそれを照らすとき
その絵本の表紙が少しだけ見えて――
「ちょっと、梓ちゃん、またここに居たの?」
今さっきまでの光景は、いつもあの瞬間に終わってしまう。
「ママ……、うん、そうだけど。また居たって……」
私は顔だけ半分振り返ったような恰好で、部屋の扉から顔だけ覗かせて心配そうな声を出す母に少しだけ拗ねてみせた。
「いつも大体ここだと思うんだけど、アンタの空想部屋」
「ふーん」
「ふーん、じゃなくて自分の制服くらいアイロンかけたら?シワになってるよ、8時前に出るんでしょ?」
「うん、やるよ」
空想部屋
ママがそう言ったこの部屋は、絵本や児童書ばかり何百冊もある2階の一番奥の部屋。今は誰も使ってない本ばかりの部屋。
ママは私がこの部屋でいつも空想していると思っている。
そう、いつも見るあの光景は私の空想。
本が宙を舞って元に戻るなんて現実じゃない。
でも本たちは、いつも同じ動きをしているような、違うような……自分のことながら不思議だけど、この部屋でだけ私は空想する。
ママが生まれたこの家は、すごく古いけど建築士のひいおじいさんが建てた当時の近代建築なんだと、もう何万回も聞かされた私にとっては家訓的な呪文でしかない。
そんな変わった家のたぶん木じゃない階段の踏板は、下へ足を運ぶたび靴下を無視して私の足裏を冷たく感じさせた。
「つっめたぁ」
そのおかしな造りの階段は、今日もひねくれて捻じれている。
まるで私みたい。
それに家自体、全体的におかしな造りだから、この階段なんてこのまま頭から下に飛び込んだらワープしてまたスタート位置に戻るんじゃないかなって錯覚に陥りそうになる。
どうなるかな――
こんな風に空想と現実がごちゃ混ぜになるのって、私だけなのだと大人は言う。普通の中学生は成長していてもっと常識的だと……。
「アイロン、足にかけるの?!もう、どうなってんの?!」
「違うよ、そんなわけないじゃん!」
――足裏が冷たかったから。アイロンの温度が上がるまで待ってただけ。アイロンからどのくらいの距離で暖かさを感じるのか試してみただけ、そんな説明をする事がすでに怠い。
たぶんアイロンから5センチも離れると暖かさは感じられないみたい。私は誰も知りたいと思うはずない知識を、誰にも言わずアイロンがけを終えた。
「いってきまーす」
心の中だけでそう言うようになったのって、いつからなんだろう。
昔は靴のつま先をトントンさせながら声を上げてた。
「ヤッホー」って山の頂上で声を出すみたいに。
それはいつも、山びこになって返ってきた。
山びこが返らなくなったから辞めたのか、辞めたから山びこがなくなったのか、もうどうでもいいけど。
家族を嫌いになったわけじゃないし、家族も私を嫌いになったわけじゃないことは理解っているけど、これが思春期ってこと?
いつもと同じ静かな通学路は、時たま通行人や車とすれ違うけど、ふと……まわりを見渡しても人間や他の生き物は自分だけで、風景がやけに無機質に感じる時は鏡の中の世界に落ちた気分になる。
そんな絵本がうちの2階にあったっけ。
読んでもらったっけ。
あれ、誰にだっけ。
私は校門の手前で立ち止まって、思い出そうとしていた。今日ここまでの中で一番冷たい秋風が、私のハイソックスとスカートのあいだの素足の部分を裂いていく。
遠く校舎の手前にある高く掲げられた旗が、バタバタと手招きする動きをただ、考え事しながら見てただけなのに――
「こらっ御神本、ダラダラするな!」
こっちはあなたの名前は知らないけど、たぶんあなたが教師だということは知っている。そして校門の外で立ち止まっていた私に“ダラダラするな”とお説教したくなったのなら、ぜひ説いてほしい――
「先生、常識的になることが成長なのでしょうか?」
今日イチでおっきな声を出した。こんなだから私は、問題児だと言われるのかも知れない。
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