鴻雁来(こうがんきたる)

1/2

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

鴻雁来(こうがんきたる)

 いまどき、紙のメモ(というか付箋紙)でやり取りしてるんだ。アナログすぎて、ウケるでしょ?         *** 「早く出ろ、もうすぐ夜間部の生徒が登校するぞ!」  10月のある日、放課後、教室で三咲(みさきち)と奈緒としゃべっていたら、廊下から、理科の鈴せん(鈴川先生)の声が響いた。ええ? もうそんな時間? 鞄を持って、バタバタと教室を出た。  うちの高校には、夜間部がある。授業は夕方5時半開始。うちらの教室は夜間部が使うから、昼間の生徒は机の中を空っぽにして帰る。ほかのクラスの子は下敷きとか置きっぱにしてるけど、うちらはそれができなくて少しめんどくさい。  学食の奥の厨房脇を通ると、いい匂いがした。 「あ、いい匂い! 給食、今日はシチューだっけ?」 「そうそう、いいよね。寒くなってきたし。明日は天津丼だって(笑)」  教室の隅の掲示板には、夜間部の時間割と給食の献立表が貼ってある。昼間部はお弁当か学食だからこの献立表がすごく新鮮で、これを眺めるのはうちらの密かな楽しみになっていた。 「夜間部の子ってさあ、本当にいるのかなって思っちゃう」  三咲(みさき)ちが言う。 「なんで?」  と、奈緒。 「だって、机が汚れてたり、椅子がきちんと机に収まってなかったりって、一度もないもん。まるで最初から使ってなかったみたいで」 「ああ、そうだね」  きちんと使ってくれているんだ、と思う。だからうちらも、机を空にするのめんどいと文句言いながらも、掃除は一生懸命している。つもり。夜間部の人の多くは昼間働いてるんだろうし、それなのになお勉強したいんだから、せめて気持ちいい環境で授業受けてほしいしね。 「どんな人が座っているのかな、私の席に」 「なんで?」 「かっこいい人がいいなあって (笑)」 「それ、関係ある?(笑)」 影が伸びる。日が沈んでいく。もうすぐ、昼と夜が入れ替わる。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加