麋角解(さわしかのつのおつる)

1/1

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

麋角解(さわしかのつのおつる)

「お見舞いに来た!」 「わざわざありがとう」  病室に現れたりょうさんにそう言ったら、むっとされた。 「また言う、そういうこと」 「そういうこと?」 「だから、ありがとうって」 「そりゃ、言うよ。わざわざ来てくれたんだもの」 「そういうの、嫌い」  りょうさんは、時々こういうことを言う。お礼を言うと、怒り出す。 「友だちでしょ? 友だちが、友だちに、友だちとして当り前のことをする。それの何がありがとうかな?」 「水くさいってこと?」 「水が、なに?」 「他人行儀」 「他人の、お行儀? 悪いの?」 「ああ(笑)。他人みたいに距離を置くっていうか」 「そうそれ! ゆいさん、ありがとう言い過ぎだから」  りょうさんが育った社会では、それが一般的なんだ。だけど、この国では違う。だから時々、あの人、お礼も言わない、と、言われてしまう。単なる考え方の違いなのに、常識の問題にすり替わりがち。気を付けないと、と思う。 「ついてなかったね。工事現場で、雪で滑って落ちた資材に当たって怪我なんて」 「ついてたさ。こんな軽傷で済んだ」 「利き腕と両足の骨折るのって、軽傷?」  苦笑するりょうさんに、大真面目に頷いてみせた。禍福は糾える縄の如し、ってね。歩けないし独り暮らしだから入院は長引いてしまうけれど、労災があるから、生活にそうは困らない。けど。学校に通えないのは困るな。年が明けたら、3年生はあまり登校しなくなる。  返事は、書けていない。 「ねえ、友だち。頼みがあるんだけど」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加