地始凍(ちはじめてこおる)

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地始凍(ちはじめてこおる)

「カイロ…?」  今年も残すところ1ヵ月半、めっきり寒くなってきた朝。机の中に簡易カイロがあった。揉むと暖かくなる、あれ。ひっくり返すと、案の定、付箋が付いていた。 『はつみさん  おひさしぶり、お元気ですか? 寒くなりましたね。仕事で使うカイロ、おすそ分けします。受験のしょうねんばでしょうか? かぜに気をつけて。   ゆい』  受験。そう、最近特に、周囲ではそんな話題が専らになっている。三咲ちも奈緒も、受験生。私は、違うけど。ペンを執り、ゆっくりと書いた。 『ゆいさん  お心遣いありがとうございます。ありがたく使わせていただきます。実は、私は受験はしません;P  高校すら、続けようか迷っていたりしますw   はつみ』         ***  翌朝、返事があった。細かな字で、びっしりと。 『はつみさん  無神経なことを、たいへんもうしわけありません。勝手に思い込みしてました。  私が言える立場でないのは百もしょうちですが、高校はできればぜひ続けてください。やめてしまったら、後かいする日が来るかもしれません。   ゆい』  昼間の学校に通えなかったり、昔若いころ通えなかった人が来る夜間部の人に、やめようかなんて無神経だったかな。ちょっと反省した。相手の立場になるって、難しいものだ。 『ゆいさん  私こそごめんなさい。アドバイス、ありがとうございます。進学は難しいけれど卒業はできるよう、がんばります!  はつみ』  付箋をそっと机の中に貼った途端、うわ、蛾! 慌てた声で奈緒が言った。そういえば、蛾って何食べるの? 呑気な三咲ちの声がする。 「さあ? 蝶々なら、花の蜜だけど。蚊は、血?」 「雌だけね。雄は花の蜜だって」 「へえ? 雌だけ? 潰されるかもしれない危険を冒して?」 「うん、卵に栄養が必要だって」 「…お母さんは、たいへんだね。で、蛾は? 何食べるのかな?」 「そういえば知らないな。興味ないことって、どうしても知らないままになるね。でもって、知らないことに気づかない。…なんか、怖くない?」 「うーん、そうかも」  知らないことすら、知らない。気づかない。確かに、世の中の大部分のことは、うちらが知らないこと。ゆいさんと付箋をやり取りしていなかったら、夜間部の人たち、というか、ゆいさんのこと、何も知らなかった。遅刻しそうだったり、睡魔と戦っていたり、同じチョコが好きだってこと、知らないままだったんだ。
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