1日目

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1日目

 毎朝一錠60mg服(の)んでいると、時折喉につかえる。急いで水を口に含み、あなたは粘膜に張り付いた錠剤を洗い流そうとする。水は歯垢を浮かび上がらせて、朝の穢さにあなたは眉をひそめる。空は笑っている。入道雲がけたたましい。  「ノモノパルボの錠剤を処方しましょうか。これを一日に朝と夜の2回、服用してください」 ノモノパルボは健康的な小指の爪に似ていた。薄桃色、直径約0.8mm。医師は優秀だった。一週間も経つと、あなたはすっかり健やかな日々を送るようになった。朝8時。あなたは目覚めるとまず石鹸を擦り手を洗う。その手で水を掬い顔を濡らす。ノモノパルボを服用し、コーヒーを沸かす。あなたは裸で睡眠を取るから、洗濯物が少ない。白っぽい布を纏って、朝9時。あなたは仕事場に赴く。あなたの仕事場は濁った肉色の工場で、永遠に続く静かな嘔吐のようなベルトコンベアには約60cmの感覚で完璧に丸い透明の玉が乗っている。それは簡単にくぼんだり歪んだりする。あなたの仕事は、それを的確な適当さでこねることだった。あなたはその丸い透明の玉を美しいと思っていて、それを自分の指や手首のおうとつで変貌させるその仕事を、だからあなたは気に入っていた。 「おはようございます。今日は道が混んでいましたね」 あなたは振り向く。生き物があなたの隣にあなたと同じような姿勢で佇んだ。毎日、あなたの隣には、あなたと全く同じ仕事を任されたその生き物がいる。それがどうしても自分と同じ生き物だとは思えないから、あなたは毎度それを、生き物、というふうに認識する。 「はあ、そうですねえ」 生き物は縦に長く、たぶん全身は白っぽいのだが、工場が支給する黄緑色の制服に包まれているため真実はわからない。また黒く非常に細い糸状の器官が顔を覆うように無数に垂れているのが、あなたにいつも無意識的な嫌悪感を催させ、それがためにあなたは逆にこの生き物に優しくせねばならないと思い直す。 朝10時。蓄音機の録音が工場に響き渡る。甘い音色のジムノ・ペディである。ベルトコンベアが地の底から唸るような音を立てて、鈍く動き出す。新鮮な玉が黒いビニルのカーテンに舐められつつ登場する。あなたはゴムの手袋の端をそれぞれきゅっと引っ張って、少し腰を落として待ち構える。あなたの胃の底で、ノモノパルボがほろりととろける。
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