グリザイユの狩り場

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 リテラートが椅子の背を覆う膝掛けの上に、ぐいと腕をかけた。オリエンの鼻先に、筆の先端が突き付けられる。 「昼と夜との狭間目掛けて、おまえ自身を投げ入れろ。知恵の翼で羽ばたいて、『分かる』ってことの喜びを狩るフクロウになれ。現実の全てが、おまえの狩り場だ」  分かったかと少し強い口調になる従兄が筆を振った瞬間、柄を持つ指の位置が変わって、白い手のひらに三日月形の跡が見え隠れした。爪の跡だ。そんなものがくっきり残るのは、およそ絵を描くための筆の握り方ではない。  窓によじ登る前までは想像もつかなかったほどの、たくさんの言葉を連ねてくれる間、無表情の奥で彼がどれだけ必死だったかを悟って、オリエンは胸が熱くなった。  身を投げるなら夕方にという言葉が、厳しくも皮肉っぽくも聞こえなかった理由が、今なら「分かる」。リテラートは「父さんの言葉」と強調したが、彼も伯父に負けず劣らず、自分を大切に思ってくれていたのだ。   「考えることを――生きることを恐れるなってこと、だね。大丈夫。『分かる』ことの嬉しさ、今まさに味わってるから。これは癖になっちゃうね」  オリエンは従兄の腕の下から、膝掛けを取って肩にかけた。これは寝ていた自分のために持ってこられたのだ。小さなため息の意味は、「何だ起きたのか」といったところか。わざと眠ったり呆けたりしていると気づかれるくらいだ、フクロウを見つめる時間の長さで好意を量られても不思議ではない。    陰鬱な栓が抜けたかのように、今や考えるほどに心が晴れる。口元を制御できず、にやけるオリエンに、リテラートが肩を竦めた。   「分かりやすいやつ。調子に乗るなよ。窓を開けるのを止めたのは、別におまえのためじゃない」 「じゃあ、どうして?」  緊張せず話しかけられる嬉しさに、質問が口から滑り出る。対してリテラートは、緩めた唇をまた結んで、思案顔だ。お得意の「別に」で流さずに、不得手な言葉選びに励んでくれるらしい。
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