グリザイユの狩り場

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「窓を塞がないと気が済まなくなりそうで、面倒だった。……皆、窓からいなくなる。父さんも。母さんもそうだった」 「伯母さんも? ここの窓から?」  リテラートは自分のために語るより、他人のために話す方が性に合うのだろう。難解さを取り戻した従兄の話に、オリエンは床に座り込んで耳を傾けた。   「ああ。俺が寄宿舎に移った年に。その頃父さんは外国にいて、ここに残ったのは母さんと、あのフクロウだけだった。あいつ母さんの飼い鳥だったんだ。通りで死にかけてたのを手当したら、懐いてな。出ていく俺より可愛がられてたけど、ある日死んだって手紙が来た。休日に帰ってみたら、母さんが落ち込んでたんで、埋めるつもりで預かった死骸を、町で頼んで剥製にしたんだ。それを知らせといたら、何か変わったかもな。何か月かして、完成した剥製を届けに来た、ちょうどその日だった。そこの窓が開いてた。夕焼け空がよく見えたよ。前に椅子が倒れてて……部屋の中には誰も、いなかった。いきさつは誰も知らないが、一つ思うに、俺はたぶん、孤独ってのを甘く見すぎてたんだな」  リテラートが発揮した優しさは、喪失の悲しみに裏打ちされたものだったのだ。過去を教訓として活かせているのは、味わった辛さを忘れていないから。彼こそフクロウのように強く賢い人だと、オリエンは思った。  しかし癒えない傷というものはある。灰色の夕暮れという発想の源は、母親を失った日に見た空の印象なのかもしれない。だとしたら彼の心に映る夕焼け空は、きっと本当に、冷たい色をしているのだ。  それを題材にしてまで、リテラートは自分に前を向かせてくれた。   「もう意見交換はできたけど、その絵はどうするの?」    胸に色が満ちている。明るくて温かい。絵具箱のチューブを全部見たってきっと、名前が見つからない色なのだ。その美しさを何とか分かち合いたくて、問いかけた。居候の身ゆえの引け目を抜いた、本心だった。   「何だ、いきなり。まあ用済みだな。喋るのが面倒だから、狭い寄宿舎でほとんど仕上げたのに、無駄になった。グリザイユの練習にはなったけどな」 「グリザイユ?」 「こういう、一色の濃淡で描く絵のこと。俺はやらないけど、これを下絵にして、色を重ねることもできる」 「それ、僕にもできる?」  包まっていた膝掛けに足を取られながら、思わず立ち上がった。気圧された様子で、リテラートが「興味あるのか」と問う。   「僕、綺麗な色をたくさん知ってるんだ。だからね、その空を、リテラートが好きになれるような色で塗ってあげる。つい窓を開けて、本物と比べたくなっちゃうような空にするから」  わずかな間を置いて、返ってきた言葉は「生意気」だった。    リテラートが、使わなかった絵具箱を閉める。カリン、と高い音とともに、筆が瓶に立てられた。
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