グリザイユの狩り場

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 灰色の夢を見ていた。誰と何をしていただろう。起き上がって欠伸(あくび)をしたら忘れてしまった。ただ、濡れてゆらゆらする視界の中で、見慣れた部屋にある全ての輪郭がやたらと存在を主張してくる――そんな違和感を覚え、思い出したのだ。白黒の世界にいたことだけを。オリエンは独り頷いた。枯れかけのバラのような絨毯(じゅうたん)の色さえ、鮮やかに感じられるわけだ。    いつもなら、眠りの中の幻にも彩りはある。現実の方が見劣りするくらいだ。天蓋付きのベッドはもちろん、カラスやネコやネズミに脅かされる町の路地裏、そしてこの郊外の静かな家、どこで見る夢だって、そうだった。    それが寂しい幽霊みたいに色を失ってしまったのは、おそらくあの絵のせいだ。    少年は擦ってぼやけた目を、部屋の真中へ向ける。古新聞の上のイーゼルに立てかけられた、一枚の絵に。  そこには空があった。雲が浮かび、丸いものが照っているから、空なのだろう。けれど雲も雲のないところも、太陽だか月だかも、全て灰色の濃淡で描かれているために、何時の景色ともつかず、掴みどころがない。見ていて背中がぞくっとする。    部屋の中はあたたかい。熱を蓄えたタイル張りのストーブが、空気をやわらかくしてくれている。それだけではない。濁ったガラス窓、そこから差す光の粒が跳ねる天井、ゆるい波のような壁の木目、腕に鳥の剥製を留めた古い彫像、毛足の潰れた絨毯――それらの持つ色味にも、温もりがあふれている。    しかし灰色の絵だけは違う。心地良さに開いた冷たい穴だ。自分が(ほど)けて風になり、吸い込まれてしまいそうな怖さがある。    描き手には――年の離れた従兄(いとこ)のリテラートには、空がこう見えるのだろうか。オリエンは不思議でならない。    うたた寝の間に、従兄は姿を消していた。画布に湿った光沢は見えず、溶き油のにおいも強くない。テーブルの上の絵具箱は閉まったまま。筆が一本、瓶から出されているものの、それだけだ。早めの昼食のあとから絵とにらめっこして、結局何も手を加えなかったらしい。行き詰った、というやつか。    そうすると、きっとまた通りで空を観察しているのだ。せっかくの大きな窓に、従兄は見向きもしない。高価な透明ガラスでないとはいえ、開ければ空を見ながら絵が描ける。部屋は冷えるだろうけれど、ストーブもない外へ出るよりましだ。わざわざ窓に背を向けて椅子を置かなくたっていいのに。
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