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気分を変えるためにお茶でも淹れようと給湯室に向かう。すると中から話声が聞こえて来た。声から察するにうちの課の山岸君と花村さんだ。
「しかしさー、早坂さんも可哀想だよね。俺はてっきり新規プロジェクトには彼女が選ばれると思ってたよ。ベテランだしさ」
「そうよね。まさか新人さんだとはね」
ああ、わかってくれてる人もいるんだ、そう思い少し胸のつかえが取れた気分だった。だが次の山岸君の言葉に足が止まる。
「ま、でもコーラル物産のオッサンも可哀想っちゃ可哀想だわな」
「どうして?」
「だってさ、まさか新人のかわい子ちゃんからお局様に変えられるとは思ってもないだろ」
「あはは、山岸君ひどいなぁ。早坂さんは生贄みたいなもんでしょ。もうちょっと同情してあげてもいいんじゃない?」
「生贄は若い処女って決まってんだぜ? ないない。ああ、まぁ処女なのかもしれないけど」
「やだ、ひどいよ」
「だって仕事一筋って感じじゃん。いつもピキピキ青筋立ててさぁ。“納期わかってんの?”ってのが口癖だぜ? 自分の納期はわかってなかったみたいだけどな」
二人の笑い声が胸に突き刺さる。
(みんな私のことをそんな風に思っているんだ。残業してみんなの分フォローしたことだってあるのに)
悔しかった。自席に戻りパソコンを閉じ、具合が悪いので早退させてくださいと課長に申告する。課長は何となくホッとした様子ですぐに帰りなさいと言って頷いた。
(私は今まで何のために頑張ってきたのだろう)
階段を下りながらやり場のない怒りに唇を嚙む。絨毯張りの階段は皆が通る真ん中の部分だけ薄汚れて黒い。その黒い部分を踏みつけながら階段を下りていくと、まるでこれからの自分の人生を暗示しているように思えてくる。たった一人で歩いていく、暗く淀んだ人生。下降線を辿るしかない未来。
――最悪だ。
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