魔法使いになりたい

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魔法使いになりたい

「えっ……、……異なる世界……? 別の世界に行くの?」  どこからともなく聞こえてきた声に、わたしは問いかける。ぼんやりと聞こえてくるその声は、肯定でも否定でもない曖昧な返事をする。まあどうでもいいやと思いながら、わたしは考えるのをやめる。  だって、考えてもしょうがないから。  夢心地のわたし。モヤモヤした白い空間で、フワフワした綿菓子みたいなものに包まれて薄れていく感覚。わたしを閉じ込めていた体という器が、その境界をなくして馴染むように溶け込んでいく。広がっていくのか、縮まっていくのか、何者にも囚われない解放された心地よさ。わたしが求めていたものは、まさにこんな感じ。このままずっと、こうしていたい。だけど、それはできないらしい。  わたしはどこから来て、どこに行くのだろう。  そんなことを考えるわたしに、声がほんわりと答える。わたしはそれをなんとなく理解する。けれどやっぱり、どうでもいいやと思う。  わたしは、天音(あまね)美亜(みあ)。25歳。  ……だった……。  25年間のこれまでの人生、思い返しても嫌なことばかり。特に社会人になってからは散々。ギスギスとした人間関係に一人悩み、悶々と考える毎日。会社の重圧に押しつぶされ、恋人には裏切られ、両親は事故で他界、気がつけば友達とも疎遠になっていた。狂いだした歯車は、わたしの心をも蝕み、息をするのも辛いほどの絶望に苛まれた。  そして、全てを投げ出したくなった都内某所某時刻。一人暮らしのマンションの一室。湯船にお湯をはりながら、バスルームにしゃがみこんだわたしは、暖かい湯気に包まれていく。波打つ水面を見つめていると、幸せだった幼い頃が思い出され、目に溢れてきた涙で、湯気がキラキラと光った。絵の具の付いた筆を洗うように、ゆっくりと手首を湯船に浸す。溶け広がっていくマーブル模様を見つめながら、薄れていくわたしの意識。  それが、わたしの最後の記憶……。  そんな全てがどうでもよくなったわたしに、優しく語りかけてくる声。消えゆくわたしに、最後の希望でも与えてくれるとでもいうのだろうか。 「……いいわよ。好きにしてちょうだい」  わたしは、投げやりに答える。  ……どうせどこに行ったって、わたしは変わらない……。  ……それが、わたしだから……。  ひとりごちするわたし。そんなわたしに、声がほんわりと問いかける。その問いに、わたしは答えた。 「じゃあ。わたし。魔法使いになりたい」    ……  次に目が覚めると、視界いっぱいに晴れ渡る青空がパノラマのように広がっていた。気がつくとわたしは、草原に寝そべっていた……。
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