第14話 裏天津家

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第14話 裏天津家

 十五分後、暦は暗い顔をしてバックヤードへと戻ってきた。バックヤードには待機していた栗栖だけではなく、店長の松山、話を聞いて野次馬に来た二川、第一発見者の西園も揃っている。 「確認した結果、コミックが八冊とライトノベルの文庫が六冊、それにゲームの攻略本が二冊。パソコンで管理している在庫数と合っていませんでした。これが、無くなっていた本のリストです」  手書きのリストを受け取り、ザッと目を通した松山は「ふむ……」と唸る。 「どれも、それほど新しくなくて一冊ずつしか置いてない本ばっかりだね。それに、コミックとライトノベルは作者の名前が五十音的に近い名前ばっかりで、棚では隣り合って並んでる物ばっかりだ。ゲームの攻略本も、タイトルがどちらも〝ド〟で始まるから、棚では並んで差さっていただろうね」  平積みの本が一冊ずつ無くなっていたのであれば、すぐにはわからなかっただろう。棚に差さっている状態でも、二冊以上同じ本があればパッと見ではわからなかったかもしれない。  しかし、一冊ずつしか在庫を持っていない本。しかも、作者名も隣同士。これを全て抜き取れば、棚には目立つスペースができる。  一冊ずつしか置いていないような、言っちゃ悪いが人気はそれほどでもない本。攻略本はともかく、盗られたコミックとライトノベルの文庫はどれも一冊五百円前後。どうしても欲しいが高くて万引きしてしまった……とは思えない。 「……となると、やっぱゲーム感覚ですかね? 刺激が欲しくてやった、とか」 「あぁ、一番馬鹿で腹立たしい理由ね。何でやったか聞いた時にこの理由が出てくると、何かもう法律とかそんなん関係無く市中引き回しの上獄門打ち首にしたくなると言うか、古代中国の車裂きの刑に処しても飽き足らないって思っちゃうよね」 「……流石に、万引きでそれは刑が重過ぎるようにも思います」 「心情的に、って意味なんでしょうけど、車裂きなんて発想が出てきちゃうのは店長だけだと思います。……と言うか、西園さんが怯えてます」  西園がこの店で万引きをしてしまった事件から、まだ一週間も経っていない。流石に、そんな彼女の前で万引き犯への行き過ぎた罰を語るのは酷というものだろう。 「……西園さん、大丈夫? 店長も、本気で言ってるわけじゃないから……」  気遣って声をかけると、西園はキッと松山を睨み付けた。 「本木さん、甘いし! この万引き犯いたぶる事に関しては他に追随を許さない、ふざけた大人が! 法的に問題が無い環境で万引き犯に罰金刑や反省文だけで済ますなんて、有り得ないじゃん!」 「あぁ、うん。その通り! 西園さんの方が、本木君よりも僕の事をわかってるねー」 「店長をわかってるとか、褒められても全然嬉しくないし!」  邪悪なるモノを生み出しやすい繊細な心の持主という話はどこへ行ってしまったのか。雇い主に向かって、遠慮なく噛み付いている。強い。 「……心配は要らなかったみたいだね……」 「ところで、本木さん。そろそろ本題に戻りませんか?」  酷く険しい顔をした栗栖に言われ、暦はハッと我に返った。栗栖に軌道修正されるなんてよっぽどだな、とつい思ってしまう。 「天津君……これってやっぱり、例の?」  松山が、意味深な顔をして問うた。暦が「ん?」と顔を顰めている間に、栗栖は「えぇ」と呟き、頷いて見せる。 「呪符の意味を知っていて、それでいてこの挑戦的な万引き……。これは件の、裏天津家の仕業で間違いないと思います」  何か、また新しくうさん臭い単語が飛び出してきた。 「って言うか、裏って。表の天津家もよく知られてないっぽいのに、裏とかある意味あんの?」  西園がいるからか、ツッコミが楽である。 「知名度のある無しは関係無いんですよ。光があれば影ができるように。光が光として存在するためには対比となる影が必要であるように。正義の存在があれば、同等の力を持つ悪の存在も生まれる……。それが、世の必然なんです」 「うわ、自己賛美キモっ! 自分で自分の事正義とか言うの、許されるのは対象年齢幼稚園児の作品までじゃないの?」 「うん……対象年齢幼稚園児の作品までかどうかはともかく、自分で自分を正義と言い切っちゃうのはどうだろう……」  先ほどの酷く険しい顔はなんだったのか。いや、今でも険しい顔はしているが、その顔で己を正義だの光だの言ってしまうのはいかがなものだろうか。はっきり言って、シリアスな雰囲気にして損した、という感じだ。……いや、十六冊も万引きされたのは決して楽しく語れる話ではないが。 「って言うか、例の? とか言っちゃってるし、店長は聞いてたわけ? 裏とか表とか、正義の味方とか!」 「裏表はともかく、正義の味方は雇われた当時から言ってたよ。……店長と天津君、二人で……」 「言ってましたねぇ。正義の味方に憧れてた、とか、万引きは小規模ではあるけど窃盗罪で悪! とか。本木さんだけじゃなくって、どのスタッフにも初めて会う度に言ってましたよ。最初の一週間くらい」 「やっぱり、俺以外にも言ってたんだ……」  二人の会話を「ふーん……」と詰まらなそうに聞いていた西園が、「ん?」と首を傾げた。機嫌が悪い時の猫のような目を、じろりと二川に向ける。 「なんか、さっきから違和感あったんだけど、わかった。二川さん、落ち着き過ぎじゃん? 何か、いつもより更に落ち着いて淡々としてるし。怪しい。実は今してる話、前から知ってたんじゃないの?」  二川が落ち着き過ぎていて淡々としているのはいつもの事だが、西園にはいつも以上に落ち着いて淡々としているように見えるらしい。暦には、いつもと違うようには見えない。 「あぁ、最近知ったんですよ。店長と天津君があまりに胡散臭かったので、ちょっと締め上げたら簡単にゲロってくれました」 「いや、締め上げられてはいないよ!?」 「そうですよ! 僕は松山店長を気遣って同調しただけですし、松山店長は暴力と戦力を併せ使った脅しに屈しただけです。締め上げられてはいません!」 「……二人揃って、何をそんなに必死に弁解しているんですか? あと、結局脅しに屈したのなら、締め上げられたのと恥ずかしさはあまり変わらないと思うんですけど……」 「本木さん、今追求すべきところ、そこじゃないし!」  西園にツッコミを入れられて、暦は「そうだね……」と頭を掻いた。 「それで……二川さんは、店長と天津君が胡散臭い事を企んでいて、しっかりゲロ吐かせたにも関わらず、何でそれを俺や他のスタッフに黙ってたの? この二人がタッグを組んで暴走し始めたら、皆で力を合わせて対処しないとどうにもならないって事は知ってるよね?」 「知ってますけど、これに関しては黙っていた方が面白くなりそうに思いましたので」 「淡々とした口調で店長や天津君と同じフィールドに降りないで、頼むから」 「それで、裏天津家の話だっけ?」  まるで誰も聞いていないタイミングを狙ったように、松山がさらりとした口調で強引に元の話を持ち出した。 「勿論、聞いてたよ。あの大量万引き事件にも関係があるみたいだったしね」  そう言って、松山は栗栖に視線を遣った。栗栖は頷いて見せると、口を開く。そして、「事の起こりは……」と静かに語り出した。
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