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第24話 まずは形から
「あのさぁ……なんで店長の僕がいない間に、新しく人を雇おうなんて話になってるわけ? しかもこの子、二日前にうちで万引きしたお馬鹿ちゃんじゃん」
高画質防犯カメラの箱を抱えて帰ってきた松山は、暦と二川から話を聞き、呆れた顔で言った。まったくもってその通りなので、返す言葉も無い。
松山は五十嵐の事をジロジロと見て、ついでに暦の事も見た。「ふぅん」と面白そうに呟いている。
「まぁ、反省してるみたいだし。本木君いじりが面白くなりそうだから、今回は良しとしようか。裏天津家との全面戦争のために、人員も必要だしね」
「せ、戦争って何の事ですか、兄貴!?」
既に兄貴呼びに慣れてしまっている。高校生の順応力ってすごいな……と思いながら、暦は視線を栗栖に遣った。五十嵐に話しても良いものだろうか。栗栖は、頷いて言う。
「説明しましょう。どの道、この店で働くのであれば避けて通れない話題です」
五十嵐の顔に、「ひょっとして早まったか?」とでも言いたげな表情が浮かんだのが見えた。その直感は、きっと正しい。
「えぇっとね、五十嵐君……」
「秀真と呼んでください、兄貴! そんなに丁寧に接して頂くなんて、勿体無いです!」
この大袈裟な反応は素だろうか、キャラ付けだろうか。どっちだ。
「接客業なんだから、丁寧な話し方をするのは当たり前でしょ? どうしても名前で呼んで欲しいなら、僕の中で万引きのほとぼりが冷めるまではシューマイ君で良いんじゃないかな? それとも、名字も合わせて縮めて、イカシューマイ君が良い?」
松山はとりあえず、西園の時と同じく万引きの前科持ちにはおかしな方向で嫌がらせをするつもりらしい。一々反応していたら話が進まないので、無視する事にする。暦は五十嵐及び他のスタッフに「絡むな」とジェスチャーで指示を出した。
「じゃあ、秀真君……」
「あ、本木さん! 五十嵐さんを名前呼びするなら、私の事も愛恋って呼んで欲しいし!」
「なら、僕も栗栖って下の名前で呼んで欲しいです! その方が相棒っぽいですし!」
栗栖と西園が元気良く挙手してきた。一体彼らは何に対抗しているのだろうか。
「はいはい、愛恋ちゃんと栗栖君、ちょっと話進めさせてね」
「シューマにエレンとクリスって、何だか海外旅行に来たような気分になりますね。本木さん、折角ですから、ここから先、全部英語で喋ってみません?」
「はいはい、涼花さんも、これ以上茶々入れないようにね」
さらりと三人を受け流し、暦は五十嵐に向き直った。松山裕輔店長の
「本木君、ここにきて受け流しスキルがレベルアップし過ぎでつまんない」
という言葉は勿論聞かなかったフリをしておく。聞いていたらいつまで経っても本題に移れない。
「秀真君、まず一つ訊くけど……陰陽師って知ってる?」
「陰陽師? あぁ、なんか小説や映画で有名な、平安時代のスーパー退魔士ですね! 知ってます!」
合っているようで、違う。栗栖も何やら言いたげな顔をしている。……が、今回の話を進めるために知っておく分にはスーパー退魔士で問題無いので、そのまま話を進める事にした。
「信じられないかもしれないけど……ここにいる、天津君――天津栗栖君ね。彼は、平安時代から続く陰陽師もどきの一族の人で、彼自身も陰陽師なんだ」
五十嵐が「は?」という顔をした。暦も、自分で言っていて、おかしいとは思う。思うのだが、他に説明のしようが無いので仕方が無い。
「……で、天津家って言うのは、二種類あるらしいんだよね。千年前に喧嘩別れしたとかで、表天津家と裏天津家って呼んでるらしいんだけど……天津君は表天津家で、表天津家は裏天津家を叩きのめすために平安時代から続いている……んだよね?」
自分の言葉に自信が無くなってきたので、暦は栗栖に同意を求めた。栗栖が頷いたので、話を続ける。
「何で叩きのめそうとしているのかって言うと、この裏天津家っていうのが、自分が正義の味方になるために、まずは世の中の治安を悪化させようとしているっていうはた迷惑な家で。……どういう風に悪化させるかって言うと、心が弱っている人の隙に付け込んで、術をかけて操って、小さな犯罪を起こさせたりするらしいんだ。例えば……万引きとか」
「万引き! じゃあ、俺が二日前、万引きなんかに手を染めちまったのは……!?」
今まで疑うような表情をしていた五十嵐の顔が、一気に引き締まった。暦と栗栖は、同時に頷く。
「うん。実は、秀真君が巻き込まれたような大規模な万引き……うちの店では、二度目なんだ」
「一度目の時に、この店から裏天津家の術の気配がしました。それで僕は、この店に万引きGメンとして雇われる事にしたんです」
「言っとくけど、本木さん達の言ってる事は本当だからね! 本に挟まってるオフダを抜かないまま商品を外に持ち出すとでっかくて怖い式神が出てくるし、この店で逆ギレしたりネガティブな事考えたりしたら、邪悪なるモノっていう化け物が出てくるんだから!」
「邪悪なるって……言い方……」
五十嵐の呟きで、暦はハッと初心に戻った。邪悪なるモノ、といういかにもな呼び方に最近ではすっかり慣れ切っていた自分についつい呆れてしまう。
「まぁ、そんなわけでね。裏天津家は天津君への嫌がらせや、本来の目的である治安悪化のために、この店に何度もナメた真似を仕掛けてくれた。いい加減僕も堪忍袋の緒が限界だから、なんとか尻尾を掴んで全面戦争をしてやろうと思っていたんだ。そこにノコノコとねぎを背負ってやってきた鴨が君というわけだよ、シューマイ君」
松山はシューマイ呼びをなんとしてでも定着させたいらしい。
「ねぎ背負った鴨って……俺、何も知りませんよ!? 裏天津家なんて言葉だって、今初めて聞いたし!」
慌てふためく五十嵐に、栗栖が「大丈夫」と言って笑いかける。
「尋問しようってわけじゃありませんよ。ただ、裏天津家に術をかけられたと思われる五十嵐さんから術の気配を辿っていけば、裏天津家の根城に辿り着けるかもしれない。そうすれば、一気に最終決戦に持ち込んで、全てを終わりにできるかもしれないと期待しているだけです」
「あ、何だ。そういう事ですか!」
納得しちゃったよ。彼もまた、かなり順応力が高いようだ。
「……天津君。五十嵐君の方が相棒に向いてたりするんじゃないの? 強そうだし、順応力高いし。本来はネガティブな性格でもないみたいだよ?」
「一度術をかけられているっていうのが、もの凄く不安材料です。やっぱり、相棒は本木さんが一番かと」
「……あ、そう……」
相棒の変更を目論んでみたが、あえなく失敗した。栗栖の固い意思を曲げる事は、一筋縄ではいきそうにない。
「とは言え、二人とも学生だしね。昼間は学業、夜はうちでバイト、深夜に裏天津家と最終決戦、なんてやったら確実に体壊しちゃうから。けど、だからって二人に大学をサボれとは言えないし、仕事を休まれたら万年人手不足のうちは営業に支障が出る」
だから、やる気があるなら五十嵐を音妙堂のバイトとして迎え入れる、と松山は言った。そして、暦と栗栖に向き直る。
「裏天津家と音妙堂の全面戦争にするって言ったのは、僕だからね。二人とも、ここでのバイト時間を裏天津家との戦いに当てちゃって良いよ。ここで働いてなくても、タイムカード上は出勤扱いにしておくから。他のスタッフには、本木君と天津君がいない分、頑張ってもらう。総力を挙げて戦ってこその、全面戦争だからね」
「松山店長……頼もし過ぎます……!」
そうだろうか。
「そうそう。それから、これ」
松山が、休憩室から大きな紙袋を持ってきた。栗栖に手渡されたそれには何か、黒い物が入っているのが見える。最早何が出てきても驚くまいと心に決め、暦は栗栖が袋からその何かを取り出すのを待った。
「松山店長……これ……!」
紙袋の中身を取り出した栗栖は、驚きの声を発した。両手に持たれているのは、墨染の狩衣。そして、立烏帽子。
「……って! なんで狩衣と烏帽子なんですか! と言うか、どうやって用意したんですか、これ……」
結局、ノーリアクションでいる事は無理だった。突然の狩衣に二川は呆れた顔をし、西園と五十嵐は「教科書に載ってた!」と言ってはしゃいでいる。
「だって、陰陽師って言ったら、やっぱこの服でしょ? 入手方法は……僕の漫画好き仲間の中で、コスプレをやっている人に制作を依頼してね。勿論、材料費に製作費、仕事休んでまで急いでもらった特急料金他諸々の経費は僕持ち。資料はほら、ここ、本屋だから。漫画でもイラスト集でも、学術書でも、目的がわかっていれば探し放題だからね」
それは在庫があればの話だ。大規模な、全国展開している書店ならいざ知らず、音妙堂のような大きめと言っても所詮は町の本屋では、狩衣の資料になるような本など通常在庫としてはあまり置いていない。予めどのような本があるか調べて、取り寄せる必要がある。取り寄せに時間がかかるなら、書店スタッフのプライドを捨てて、大手通販サイトを利用するしかない。
万引きGメンとは言え、一ヶ月と少し働いて、栗栖もそれはわかっているのだろう。
「松山店長……僕のために、こんなに手間を……」
狩衣を抱き締めて涙ぐんでいる。
「……感動しているところ悪いんだけど……何の意味があるの? 狩衣……」
「テンションとやる気が上ります」
狩衣を抱き締めたまま、栗栖はサラリと言った。
「……それだけ?」
「それだけですが、大切な事ですよ?」
栗栖は抱き締めていた狩衣を広げ、軽く羽織った。着る時に調整するので、元々サイズにはほとんど差の無い着物だというが、華奢に見える栗栖でも大き過ぎるという事は無いようだ。
「陰陽師が術を使う際に大事なのは、強く念じる事です。どのような術を使って、どのような効果を得たいのか、という事。そして、自分にはそれができると信じるという事。それを成すために、衣装という物は重要な役割を果たしてくれるんです」
「例えばさ、選択授業で柔道を選択したとして。柔道着を着ているだけで、一本背負いができるような気になったりとか、無い?」
松山の問いに、五十嵐と西園が「あ!」と目を輝かせた。
「たしかに! 新しい靴を履いただけで、いつもよりも速く走れそうな気がします!」
「エプロン着ただけで、なんか料理が上手くなったような気になるし!」
そうでしょ? と、松山が満足そうに頷いた。
「役者でも、初めて衣装を着て稽古をした時に、一段階上手くなるって話を聞きますね」
二川が珍しく茶々の無い意見を言い、栗栖が嬉しそうに頷いた。
「そうなんです! だから、自分一人で悪霊退治に行く時でも、ちょっと大規模になりそうな時は勝負服として狩衣や直衣を着るんですよ、僕! それを理解してくれていた上に、裏天津家を叩きのめしたいという思いの籠った新しい狩衣まで用意して頂いて……百人力です!」
そう言うと、栗栖はいそいそと休憩室へと入っていった。十分ほど待つと、きっちりと狩衣を着こんで出てくる。烏帽子まで被って、装いは完璧に平安人だ。顔付きは平成だが。
狩衣に身を包んだ栗栖は、手に何かお盆のような物を持っている。人の顔より一回り大きく、平たい。文字がびっしりと書き込まれており、中央には方位磁針のような物が埋め込まれている。
「天津君……それ、何?」
「風水羅盤ですよ?」
当然と言うように、栗栖は言う。
「あぁ、なんか陰陽師が占いとかに使う道具だったっけ?」
松山が酷くざっくりとした解説を口にした。詳しく聞いても、恐らく耳を右から左に通過するだけだろうから、その解説で納得しておく。
栗栖は頷き、風水羅盤を五十嵐の前に掲げる。そして、言った。
「今からこれを使って……早速、裏天津家の術の気配を探ります」
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