薄明の星

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 壁に設置されたデジタル時計が、この星の午前11時50分を示していた。もうそろそろ昼食の時間だが、今日も時間通りには食べさせてもらえないだろうな。ヒカリは細腕に抱えたゴミ袋を指定の区画にどさっと置くと、額の汗を拭った。  上を向くと満点の星空が広がっていた。その変わり映えのなさにヒカリがため息をつくと、背後から怒鳴り声が聞こえてきた。 「おら、さっさと運べ!手を休めるな!」  また現場監督がご機嫌斜めだ……。ヒカリは目を付けられないよう、そそくさと他の労働者に紛れてゴミ山に向かっていった。この山を処理し終えないと、今日は昼食どころか家に帰れるかすら怪しい。  こんなゴミ山、機械で何とかできないんだろうかと、ヒカリは毎日のように不満を覚えていた。遥か遠い地球から移民してくるだけの技術力があるのに、このゴミ処理場には高度にオートメーション化された設備は無いのだ。そういった高級品は、”日の当たる側”――厳密には日の当たる側と日の当たらない側の境目、明暗境界線に限られる――にしか回されない。  もっとも、作業が完全に機械化されればヒカリは失業し、路頭に迷ってしまう。父を病で亡くしたヒカリは、他に頼る当てもなく、この仕事で何とか食いつないでいるのだった。  ヒカリが住んでいる場所は、トラピスト1Eの”日の当たらない側”だった。  地球から移住してきたヒカリたち一家を含む一団は、地球でも食いつめた者たちばかりだった。だからこそ惑星移民に活路を求めたのだが、新天地で明るい未来を掴めるとは限らない。  トラピスト1Eは公転周期と自転周期が同期しており、主星であるトラピスト1に向き続けている側に人は住めない。陽の光をずっと受けているため、気温が高すぎるのだ。つまり、人が住むことができるのは、星の半分以下しかないということだ。  それが明暗境界線と、”日の当たらない側”の一部の地域である。  明暗境界線ではトラピスト1は朝焼けや夕焼けのようにずっと低い位置に居続けているから、熱量がさほど大きくない。また”日の当たらない側”は、トラピスト1に向き続けている面から流れてくる熱気が冷却されることにより、ちょうどよい気温になる地域がある。  そして明暗境界線は薄明に包まれた美しい世界であるから、上流階級の者たちの居住地としてだけでなく、リゾート地としても人気が出て、あっという間に買い占められてしまった。  ヒカリたち貧しい者は、真っ暗闇の世界に住まうしかなかった。そんな宇宙の掃きだめのような場所に、政府は経費を投じてくれない。せいぜい、発電設備といった最低限のインフラが整備されただけだ。  ヒカリはうず高く積まれたゴミの山を見上げた。  明暗境界線や、”日の当たらない側”でも多少は暮らしぶりがましな地域から集積したゴミ。そのはるか上空に輝く星々は、決して自分を照らしてはくれない。ここでは電灯の人工的な灯りがゴミの山を照らすだけ。私は、宇宙の闇の中で、ゴミに埋もれて死んでいくのだろうか。ヒカリの目尻にうっすらと涙が浮かんだ、そのときだった。 「待て!そいつを逃がすな!」  ゴミ処理場に警備員の声が響き、続く銃声に、ゴミ溜めの一角が俄かに騒がしくなった。    「おい、持ち場を離れるな!作業を続けろ!」    現場監督が労働者たちに怒鳴り散らすが、効果は薄い。みな浮足立ち、作業どころではなかった。やがて騒音はヒカリがいる区域に近づいてきた。労働者の誰かが叫んだ。 「おい、あれを見ろ!」  ヒカリは辺りを見回した。電灯の光が行き届かずはっきりとは見えないが、ゴミ山の向こうから、人影がひとつ、軽快に飛び跳ねてくるのが見えた。その後を警備員たちが必死に追いかけていた。    ヒカリが驚き立ちすくんでいると、人影はヒカリが作業していたゴミ山のてっぺんまでやって来た。 「くそっ、これを使うしかないか……!」  人影は懐から何かを取り出した。そのとき、人影の足元ががらがらと崩れ落ちた。 「きゃああ!」  人影がヒカリの方へ落ちてきて彼女は思わず悲鳴を上げたが、人影の顔が見えて、彼女は目を見開いた。  それはヒカリと同い年くらいの少年だった。 「どいて……ちっ!」  少年は、ヒカリが身動きが取れずにいるのを見るや、咄嗟にゴミ山を蹴飛ばして落下地点をずらした。少年はどさりと地面にたたきつけられた。 「だ、大丈夫!?」  ヒカリは慌てて少年に駆け寄ったが、そのとき少年の手元から何か丸い物がころころと転がっていった。 「離れて、危ない!」 「え……?」  少年は勢いよく立ち上がると、ヒカリに飛びつき、地面に押し倒した。 「いやっ!」  ヒカリは少年を撥ねのけようとしたが、その瞬間、ゴミ山に火の手が上がった。 「ここは危ない!みんな逃げて!」  少年が叫ぶのが早いか、労働者たちは慌てふためいて逃げ回った。火はあっというまにゴミ山全体に燃え広がっていった。 「こんなに燃えるなんて……」  少年は困惑していたが、その間にも炎はどんどん強くなっていた。 「ねえ、何なのこれ!?」  ヒカリはただただ混乱していた。 「取り合えずここは危ない!逃げよう!」  少年はヒカリの手を取って起き上がらせると、そのまま一目散に火の手と反対方向へ走り始めた。 「ちょっと、いきなり何……!」  ヒカリは突然の事態を呑み込めていなかったが、炎に照らし出された少年の顔を見ると、思わず息を飲んだ。   <続く>
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