ひとりごと

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ひとりごと

ひとりごとだからさ 気にしないでよ 私が1人になってからというもの、どこから情報を仕入れてきたのか分からないが、何人かの元カレからの「久しぶり。元気してる?」という定型メッセージと、会社の先輩後輩からの終業後の飲みのお誘い、数少ない合コンなど、それは大変使い勝手のいいマスターピースのように、私の名前を呼ぶ人が増えた。ありがたいことに、そのおかげもあって、なかなか1人きりになる時間もなく、こうやって部屋のソファに身体を預ける頃には、半ば夢の中にいる日々を過ごしていた。 昨晩は後輩の吉本ちゃんから紹介してもらった男性と、吉本ちゃんの彼氏と4人で飲みに行った。悪気はないのだろうけど、私にとってしんどかった点が2点ある。 1点目が、私に見合いそうな男性を見立ててくれたと思いがら、私の向かいの男性と向き合わなければいけなかったこと。間違いなく悪い人ではなかった。ただシャツの襟元のアイロンがかかっていなかったり、裾がやや気持ち寸足らずに見えたり、時折顔を覗かせる左の鼻毛が、私を何度も現実に呼び戻し続けたこと。 2点目が、私の隣のカップル。そう吉本ちゃんとその彼氏で会話が盛り上がりすぎて、放置しすぎたジャガイモみたいなヒゲを生やした、見ず知らずの男性と私との間での会話を強制する時空を作り上げていたこと。久々に会えた最愛の人が目の前にいることがきっかけで、テンションが上がる気持ちもよく分かる。だがしかし、初対面の相手の紹介はしてほしい。こんなことにイライラしてしまう自分が、確実に隣にいるカップルよりも歳をとってしまっている事実すら、余計にイライラしていたこと。 雰囲気はあるのに提供のスピードが早すぎる料理や、明らかに誕生日会のフィナーレを知らせる店内の突然の消灯や、こういう時はと謙遜して頼んだ飲み慣れないカシスオレンジすら、私のイライラの蓄積に大きく貢献していた。 最後の連絡先の交換をやんわりと断り、次回も4人で会いましょうという躱し文句を、営業スマイルと共に提供し、会社の最寄り駅で解散したっきり、このソファーに横になるまでの記憶や道順を覚えていない。覚えていることといえば、ヒールがしんどかったという体の疲労感と、愛想笑いを続けて自分を見失いかけている私の精神の悲鳴くらいだ。 クッションを頭に敷き、今日はこのまま寝ないと言い聞かせながら、仰向けに天井を仰いだ。 わがままとは、私の思うままになること。それを願い、行動や言動に移し、相手にそれを強制させることだと思う。 私は人を選ぶことをわがままだとは思わない。生物学上、哺乳類然り、すべての生物はより良い子孫を残したいという、潜在的な本能がある。より容姿がよく、より優しく、より安心感があり、より安定感がある、そんなバロメーターの上に相手の殿方を乗せて、比較し、私がこの人だと思う人を選ぶことが、わがままだとは何一つとして思えなかった。 比較的本能的に今までの相手は、その法則に従い選んできたつもりだったし、今回の転職活動のような品定めも同じように遂行する。そうやって自分という人間の価値を、自分自身で落とさないようにすることにいつも必死で、化粧を塗りたくり、愛想を振り撒き、ひたむきに仕事に取り組み、時にダメなところすら意図的に溢す。基本的にこのパターンにはめ込んでいけば、バロメーター上に殿方を投影することができ、私の支配するフィールドで戦えるのだ。 私の本体はとうに電源が切れて、残りの推進力だけで脳が思考を微かに動かしている。あぁ、またこのまま寝ていくのか。すでに使い物にならなくなった肉体の自重を、ソファーに全て預けて、寂しさと哀しさのちょうど隙間を埋めるような欠伸をひとつかまして、私は虚に足を踏み入れる。 天井の照明も、TVも、弱で回している扇風機も、眠れない夜が始まった。
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