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第二章(6)その頃のりんちゃん
拍手が起きる。
素晴らしい将棋だと、皆が称賛する。中には、泣いている人も居た。
そんな中、私はそっと、道場を抜け出した。
秋は日が落ちるのが早い。
夕暮れの並木道を、ふらふらと歩く。
塾に行かなければと思うけど、足は反対方向に向いていた。
何をしたいのか、自分でもわからない。
ショックを受けているのか、この私が?
たかだかあの二人が結婚していただなんて、その程度の事実を知ったくらいで。
ああだから妙に仲が良かったんだと、納得こそすれ。
傷つく必要なんて、微塵も無いはず、なのに。
小石につまずき、体がよろける。
咄嗟に手をつこうとして、やめた。
ごろごろと地面に転がる。
膝を擦りむいて痛い。
でもそれ以上に痛い部分がある。
泣きたくなる気持ちをこらえて、私は立ち上がろうとした。
体に力が入らない。
自分がこのまま朽ち果てて逝く姿を想像して、声を出さずに笑った。
何て無様。こんな姿、あの人には見せられない。
「大丈夫?」
その時、手を差し伸べられた。
薄暗い道に、白い少年がぼうっと、まるで幽霊のように立っていた。
年齢は私と同じくらいだろうか。髪の色も着物の色も全て真っ白。
何故か狐の面を被っていて、彼の顔は見えない。
「……ありがとう」
少し気恥ずかしかったが、彼の好意に甘えた。
手を引かれて立ち上がる。
「どうして、泣いてるの?」
え、泣いてなんか。
そう応えようとして。
ポロポロと、大粒の涙が零れ落ちた。
そんな。私、どうしちゃったんだろう?
「辛いことがあったんだね」
よしよしと頭を撫でられる。
子供扱いしないでと思ったけど、不思議と嫌な感じはしない。
辛いことって。
私は色恋沙汰なんて、興味ないはずなのに。
恋と言うよりは、憧れ。
あんな将棋を指してみたいと、羨ましいと思った。
私には真似できない。
私には、愛してくれる人が居ないから。
「君の名前は?」
「……鬼籠野りん」
「おろの、りん。可愛い名前だね」
くすりと笑って。
彼は私の頬に手を触れた。
涙を拭われる。優しい、暖かい手だった。
「貴方の名前は?」
「僕はレン。竜ヶ崎レンだよ」
れんくん、か。
彼は私を見てくれるのだろうか。
私と、将棋を指してくれるだろうか。
私にも、あんな将棋が指せるようになるのだろうか。
また逢おう、りん。
言って、彼は踵を返す。
待ってと声を掛けたかったけど、言葉にならなかった。
本当は色々聞きたかったのに、私には声を掛ける勇気が無かったんだ。
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