第二章(3)ライバル登場?

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第二章(3)ライバル登場?

 幸いにも、神社は道場から歩いて行ける距離にあった。  秋祭りは神様への一年間分のありがとうを捧げ、来年のご加護をお願いするために行われる。  その中で将棋大会は、神様への見せ物として企画されていた。  ──のだが、最近では他の町からの参加者も増えている。  何でも、景品が良いと評判らしい。  将棋大会の景品は通常、プロの棋士に関係するグッズであることが多い。  しかし秋祭りは神様を奉るものという名目上、他の信仰対象(プロ)に心移りされては困る。  そこで、神社オリジナルのマスコットキャラに関連するグッズを景品とした。  それがSNS上で大ウケ。わざわざ遠方から訪れるファンまで居るらしい。  らしいのだが、全ては夫から聞かされた話なので、真偽の程はわからない。  夫が参加に意欲的なのは、その辺りのことも関係しているようだ。見た目に似合わず、ミーハーな所もあるんだね。可愛い。  鳥居をくぐると、長い階段が在る。階段を登ると、開けた道が本殿まで続いていた。  ここが秋祭りの会場だ。  畏れ多くも、将棋大会の決勝は本殿内で執り行われる。  伏竜稲荷神社。  道場と同じ伏竜の名を冠するこの神社には、ある言い伝えがある。  何でも昔、この地方には竜が棲んでいたらしい。人々と共に生きてきた竜はある時、一匹の狐と出逢う。  狐は言った、貴方の体は大き過ぎて人々が迷惑している。地面に潜ってはどうかと。  竜は地に伏せ、狐は封印を施した。  騙されたと知った竜は怒り狂い、封印されてなお、天変地異を引き起こした。  狐は竜の怒りを鎮めるため、ここに神社を建てたという話だ。  稲荷としてちゃっかり自分も奉られている辺り、狡猾な狐らしい。  そんな訳でこの神社では、竜神とお狐様という、世にも珍しい組み合わせの神様が崇められているのだ。  下見ついでに、必勝を祈願する。  一緒に来ていた主人も隣で目を閉じ、神様にお祈りしている。  こうしていると、初詣に行った時のことを思い出す。  あの頃はもっと距離を開けていた気がする。  もう少し、くっ付いておこうかな?  そうだ、結婚式のことも祈っておこう。  後、りんちゃんの受験のことも。竜でも狐でも良いから、頼むよ。 「こんにちは。道場の方ですね?」  祈りを終えると、私達の前に巫女さんが現れた。  通常の巫女装束に加え、この神社では狐の面を付けている。何でも、竜の怒りを鎮めるためだとか何とか。逆効果のような気がしなくもないが。  素顔は見えないが、きっと美人さんなんだろうな。 「あ、はい、そうです。よくわかりましたね」 「ええ。匂いがしましたから」  ……匂い? 「狐は嗅覚が鋭いんです」  からかわれているのかと思った。  巫女さんは笑って、私達二人を交互に指差す。 「貴方がたは、夫婦ですね? お揃いの石鹸の匂いがします。この香りは好き。落ち着いた、優しい匂いです」 「え、凄い! 本当に匂いでわかるの?」 「はい、勿論です。私は狐の化身ですから」  不思議な雰囲気の人だった。 「雫さん。あまり妻をからかわないで下さい」  その時、今まで黙って聞いていた夫が口を開いた。  しずくさんて、この人の名前? え、しゅーくん知ってるの? 「ふふ。私のことはスイコちゃんとお呼び下さいな」  雫さん? スイコちゃん?  一体この人、誰なんだ? 「睡狐はこの神社に眠る狐の名前だ」  混乱する私に向かって、しゅーくんが説明してくれる。 「この神社のマスコットはその睡狐をゆるキャラにしたスイコちゃん。で、スイコちゃんの中の人がこちらの女性、竜ヶ崎雫(りゅうがさき・しずく)さんなんだ」 「はあ、そうなんだ──って、しゅーくん何でそんなに詳しいの?」 「う。それは」  そこまで言った所で言葉に詰まるしゅーくん。 「修司さんはよくこの神社に来て下さっているんですよ。大会が近い時とか、熱心に祈ってらっしゃいました。  ……それから、奧さんと上手くいかなかった時も。僭越ながら、ご相談に乗らせていただきました」 「えっ!?」  雫さんの言葉に目を丸くする私。 「どうやら、今は大丈夫みたいですね」  安心したように雫さんは言う。  なんてことだ。  この人には全部、知られてしまっているってことか?  横目で夫を睨むと、彼は青ざめた顔で目を逸らした。  ふーん、そう。  傷心の妻を放っておいて、他の女性と参拝デートしてたなんてね。  いいご身分だこと。  結婚式費用、全額負担してもらおうかな? 「あ、そうそう。これをどうぞお持ち帰り下さい」  私の心中など気にする風も無く、雫さんは一枚の紙を渡して来た。  その紙には秋祭りのこと、そして将棋大会の案内が書かれている。  優勝すれば、スイコちゃんと一日デートできる券が貰えるらしい。  デート。雫さんと、夫が?  無言で紙を握り潰す。 「あら? どうされたんですか?」 「デートなんてさせません。しゅーくんは私のものですから」 「いけませんね。旦那さんは奥さんのものではないですよ?  ああそれと、優勝する前提で話をされてますけど」  狐の面が外される。  冷たい眼差しが、私を捉えて離さない。  何だ、体が動かない? 「貴方がたは、果たして私達に勝てるでしょうか?」  予想通り、いや予想以上に端正な顔立ちだった。まるで血の通っていない、人形のような。美しくも、氷のように凍てついた素顔。  雫さんは微笑んでいたが、目は全く笑っていない。  まるで本物の化け狐と対峙しているようだった。金縛りというか、蛇に睨まれた蛙状態というか。  彼女は、一体何者だ? 「妻をからかわないで下さい。そう言ったはずです、雫さん」  しゅーくんが私の前に出る。  その途端に、体が楽になった。  息を吸って、ゆっくりと吐き出す。動ける。 「あら、ごめんなさい。からかうつもりは無かったんです。ただ、修司さんにはその方よりももっと相応しい女性が居ると、思ってしまっただけで」  そう言って、雫さんは再び狐の面で顔を隠した。
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