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「将軍も食べる?」
将軍塚登の目の前に鯖寿司が差し出される。顔を上げると、石田が座席シートに腕を載せて後ろを向いていた。
助手席に座る藤森がトイレに行きたいと言い出し、先ほど寄ったコンビニの横にあった老舗で買った物だ。
「うまいから食っとけって」
石田の隣にいる小野が付け足した。
「じゃあ、頂きます」
将軍塚が一つ取って口に入れる。石田は将軍塚の隣にいる松ヶ崎丈には声を掛けず、すぐに前に向き直った。
竹田社長の運転する六人乗りのワゴンが鯖街道を北上する。クーラーの効いている車内とは違い、風景を作っている山に差す直射日光で外は炎天下だ。
日差しも弱まってきた頃、ワゴンは目的地の村に到着した。民家の前に屋台がズラリと並ぶ。すでに祭りが始まっていた。
この村には竹田社長の親戚が住んでいて、データ処理を請け負う小さな会社を設立した三年前から、社員旅行として参加させてもらっている。半年前に入社した松ヶ崎と、短期アルバイトの将軍塚以外は来たことがあった。
焼きそば、みたらし団子、かき氷、生ビールなど、タダで食べ飲み放題。都会での多忙な日常を忘れられるひと時だった。
「将軍、ティッシュ持ってね?」
小野が尋ねてきたので、将軍塚はポケットから取り出した。
「はい、どうぞ」
「サンキュ」
「風邪ですか?」
「いや、花粉症っぽい」
「この時期はイネ科の可能性がありますね」
「お前さ、妙なとこ詳しいよな」
「……てへっ」
将軍塚が不気味に返すと、小野は顔を背け、焼きトウモロコシを頬張り始めた。一行は空き地に敷かれたブルーシートの上に陣取る。
「松ヶ崎さん、要ります?」
似つかわしくない一升瓶を持った藤森が、プラスチックのカップを手渡し、地酒を注ぎ始めた。松ヶ崎の視線が将軍塚に向く。
「誰に誘われて来たの?」
「社長ですけど」
「短期のバイトが来るようなものでもないと思うけど」
「そうかもしれないですね」
「そうかもじゃなくて、そうなんだよ」
将軍塚が苦笑いすると、陰気な空気が漂った。
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