1/1
前へ
/14ページ
次へ

 下りの東海道線は小田原を過ぎると、進行方向の左側には一面に海が広がる。  『伊豆』と書かれたるるぶを手にしたカップルが、隣で「わぁ、キレーイ」などと歓声をあげながら写真を撮っていた。幸せそうでなによりだ。  色が二層に分かれている海をぼうっと眺めながら、彼らの旅行計画を耳に入れては受け流す。そうこうしているうちに、電車は小さな駅に到着した。俺はキャリーケースを引きずって、その駅に降り立つ。  ……あぁ、本当に、変わり映えのしない町だな、ここは。  改札をくぐって、駅前で暇そうにしていたタクシーの運ちゃんに声をかけた。 「お客さん、どちらまで?」 「あー……、えっと、とりあえず小学校まで。そこからは案内します」 「はいよー」  そんな会話もそこそこに、タクシーは走り出す。  俺はタクシーの車窓から、ぼんやりと町を眺めた。  さびれた目抜き通り。少し大きめな魚屋だけが、数人のお客様を取り囲ませて繁盛している。そのうち少し細めの路地に入っていくが、構わずにタクシーは、都会人なら悲鳴をあげかねないほどのスピードで坂を下った。  まったくこの町ってやつは、地元民の運転の粗さまで変わっていないようだ。 「あ、そこを右に。突き当りが階段なので、そこで下ろして下さい」 「はいよー」  さて、ここからが問題だ。  タクシーを降りた俺は、目の前にそびえる細い石階段を見上げてうんざりしていた。  この町の地形は、長崎や尾道を想像してもらえばわかりやすいと思う。斜面に所せましと古い民家が立ち並び、車が入り込めないような細い路地を、無数の細い階段がつないでいる。  俺はよいしょとキャリーを持ち上げて、一歩ずつ、階段を上っていった。  ……あぁ、やっぱり、この町は好きになれそうにない。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加