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二
下りの東海道線は小田原を過ぎると、進行方向の左側には一面に海が広がる。
『伊豆』と書かれたるるぶを手にしたカップルが、隣で「わぁ、キレーイ」などと歓声をあげながら写真を撮っていた。幸せそうでなによりだ。
色が二層に分かれている海をぼうっと眺めながら、彼らの旅行計画を耳に入れては受け流す。そうこうしているうちに、電車は小さな駅に到着した。俺はキャリーケースを引きずって、その駅に降り立つ。
……あぁ、本当に、変わり映えのしない町だな、ここは。
改札をくぐって、駅前で暇そうにしていたタクシーの運ちゃんに声をかけた。
「お客さん、どちらまで?」
「あー……、えっと、とりあえず小学校まで。そこからは案内します」
「はいよー」
そんな会話もそこそこに、タクシーは走り出す。
俺はタクシーの車窓から、ぼんやりと町を眺めた。
さびれた目抜き通り。少し大きめな魚屋だけが、数人のお客様を取り囲ませて繁盛している。そのうち少し細めの路地に入っていくが、構わずにタクシーは、都会人なら悲鳴をあげかねないほどのスピードで坂を下った。
まったくこの町ってやつは、地元民の運転の粗さまで変わっていないようだ。
「あ、そこを右に。突き当りが階段なので、そこで下ろして下さい」
「はいよー」
さて、ここからが問題だ。
タクシーを降りた俺は、目の前にそびえる細い石階段を見上げてうんざりしていた。
この町の地形は、長崎や尾道を想像してもらえばわかりやすいと思う。斜面に所せましと古い民家が立ち並び、車が入り込めないような細い路地を、無数の細い階段がつないでいる。
俺はよいしょとキャリーを持ち上げて、一歩ずつ、階段を上っていった。
……あぁ、やっぱり、この町は好きになれそうにない。
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