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 階段を上ると、古めかしい二階家が見えてくる。  祖父母が建てた、築五十年は経過している一軒家。なにも変わらないこの町のなかで、特にこの家は、時が止まったんじゃないかと思うほどなにひとつ変わりがない。  ……家主夫婦が、もう戻らないことを除いては。 俺は玄関の前に立って、警察から預かっていた鍵を鞄から取り出そうとした。手こずっていると、突然携帯が鳴り始める。慌ててズボンのポケットを弄り、通話ボタンを押した。 「はい、御守(おんもり)です」 「御守(おんもり)先生! 今日お引っ越しでしたよね。今大丈夫ですか?」 「大丈夫です。今実家に着いたところですよ」 「あぁ、それならよかった!  ……あのー、締切なんですが」 「あぁ、わかってますよ。 もちろん、明日には間に合わせ――」 「いえ、違うんです。 むしろ気にしないでいただきたくて。 色々、落ち着いたらで構いませんので。  編集長にも言っておきますので、その……」 言い淀む担当に、俺は少し声のトーンをあげた。自分でも悲しいくらい晴れやかな声で。 「田中さん、お気遣いありがとうございます。  でも急な引っ越しを決めたのは僕ですし、親が死んだくらいでこんな新人が穴を開けるわけにはいきません。 大丈夫ですよ、物理的に遠くなっちゃってそこは申し訳ないんですけど、明日にはメールで送りますから」 「御守(おんもり)先生……。 わかりました、でも、無理はなさらないでくださいね」  そう言って、田中さんは電話を切った。  こんな俺みたいな駆け出しのSF作家に、田中さんのような担当がついてくれることはありがたい限りだ。  もうすぐ五十、最近娘さんに彼氏ができたことと、すこし頭が寂しくなってきたことが悩みの、人のいい眼鏡のおじさん。  今でさえ一緒の世界に居さえはするけれど、俺とは、生きてきたこれまでがまるで違う人だ。きっと、これからも。 俺は携帯をポケットにしまい、再び鞄を弄る。 あ、あったあった。 古めかしい日光のキーホルダーがついたままのその鍵を、俺は鍵穴に挿し込み回す。がちゃり、と重い音がした。 俺は十数年振りに、この家に帰って来た。 ほぼ勘当状態で追い出された、この家に。
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