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「でも?」
「そうでもしないと、きっとお嬢さまが駆け落ちしてしまうと行弥さまが」
「……え?」
「だって、あの金城氏ですよ! お嬢さまが可哀想で……」
翡翠が首を傾げる横で、侍女は悔しそうに項垂れている。金城氏といえば、横濱界隈では有名な貿易商で、明治末期に突然華族の仲間入りを果たした成金一族だということくらいしか翡翠は知らないが、それのどこが可哀想なのだろう。
ぼんやり思考を巡らせる翡翠の背後から、澄んだ声が届く。
「もしかして、君が朝周の花嫁になる子?」
我に却って振り向けば、長身の女性が翡翠を見下ろしていた。
「……え、えっ!」
顔を見て、翡翠は硬直する。
黒い裾の長いワンピースを着た女性は、つばのひろい帽子で顔を隠していたが、それでも翡翠はわかってしまった。なぜなら、ついさっきまで翡翠は彼女のことをうっとりと見つめていたのだから。
皓介と一緒に、舞台の前で。
舞台の上にいた歌姫が、翡翠の前で笑っている。
「小鳥遊アマネ……さん?」
「ご名答。さっきまで舞台だったのよ、抜け出すの大変だったんだから」
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