プロローグ

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プロローグ

 銀白色に輝くフルートをしっかりと握りしめ、屋上に続くリノリウムの階段をかけのぼる。鋼鉄製の重厚なノブに手をかけ、腕に力を込めて扉を開いた。  澄み切った空から降り注ぐ光線で風景がまっしろに塗りつぶされる。手のひらで光を遮り視界を取り戻すと、目前に広がる屋上の床は普段よりも眩しく感じられた。空を見上げると先週まで浮かんでいたアイスクリームのような雲はすっかり見当たらない。どうやら夏は潔く過ぎていったみたいで、頭上は果てのないセレストブルーで覆われている。  秋の匂いの混ざった風がさらりと耳元を通り過ぎてゆく。いたずらっぽく髪を揺らしてから、不思議なほど軽やかに空へと還っていった。  んーっ、気持ちのいい朝。首筋に滲んだ汗もすぐに乾きそう。  視線を壁沿いの花壇に移すと、ビオラの花が鮮やかな色彩で咲き誇っている。  そして、その花壇の縁には腰掛けた男子生徒の姿があった。今日は水曜日だから、やっぱり彼はそこにいた。京本(きょうもと) 和也(かずや)くん、城西高校一年生、私のクラスメートのひとりだ。  彼は水曜日に限って、朝早く屋上に姿を見せるから、私のひとり朝練と鉢合わせになる。開いた本に視線を落とし、かすかに唇を揺らしている。読んでいる本は小型の単行本で、見た目からすると小説じゃないかと思う。あたかも朗読の練習をしているような雰囲気だけれど、どうして彼は水曜日だけ読書をするのか、理由はよくわからない。
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