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震える指に必死に力を込めながら、一枚いちまい、日の中へとそれを焚べる。
48000文字、綴ったそれは、人生だった。
自分の人生。
魂を注ぎ込んだ、自分と双子の人間の半生。
それを、自分は今、燃やしている。否定している。殺している。
目から溢れた水が、顔を濡らす。凍った空気が顔に痛みを刺した。
なんでだろう。すべて、決意したはずだ。こいつを殺すこと。自分自身を殺すこと。とっくに。
意味がないのだ。これ以上、生かしていても。応募しては落選するのを繰り返し、それでも、勉強、仕事の隙間を縫って書き続けていたいくつもの人生は、ついに日の目を見ることはなかった。もう無理だと悟った。もう、書き続ける気力は残っていない。しかし書くことをやめることは、死よりも辛い。
自室に溜まるばかりの原稿用紙山と、絶望の塊。それらを一気に払拭出来ればと願い、昨年の終わりに部屋の掃除をしてすべて資源ごみに出した。それでもこれだけは捨てられなかった。初めて書いた、初めての長編小説。楽しくて楽しくて仕方なかった、その悦びが詰まった、思い出の小説。落ちこぼれの子供が努力して強い青年となり、敵を倒して人々を救う、ありふれた小説。
これを捨てるのは、自分の命を捨てるときと、ずっと前から決めていた。人生をリセットし損なった元凶。でも、憎めない。
感傷に浸っていると、急に瞼が重くなる。せめてぜんぶ焚べようと思ったが、もう手を操ることさえ不可能だった。睡魔に抵抗するも虚しく、男は眠りに墜ちた。
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