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木曜深夜の
暁士には変わり者の友人がいる。
彼が宋十郎からのメッセージに気付いたのは、木曜夜の二十四時過ぎ、スポーツジムの通用口から出つつスマホをチェックした時だった。
『土日に甲州の温泉宿へ行くが、来る?』
宋十郎は見た感じ二十代の若者だが、時代劇の武士みたいな日本語を話す。
しかもスマホで打つ文章になると、突然それが崩れることがある。
アプリを使い慣れないじいちゃんのようだと、いつか本人に言うべきだろうか。
『今シフト終わった。どこのなんて宿?誰来る?いくらです?』
返信すると、五分後、交差点で信号待ちしている時に返信があった。
『憂と私が行く。宿泊費は奢る。山梨県甲府市のXXXXXXという旅館。』
その場で検索すると、その旅館は素泊まりでも一人一泊三万円から。
平均的な社会人三年目の暁士にとっては、超高級宿である。
今週は同僚のシフトを二回も肩代わりしたので、土日とも仕事は休みだった。
これは天啓に違いない。
『行く行く!でもなんで奢り?』
うまい話には裏がある。宋十郎はあっさり吐いた。
『伊奈と行くはずが断られた。憂を頼みたい。できれば車を運転してほしい。』
暁士は心の中で合掌した。
伊奈というのは、暁士は会ったことがないが、宋十郎の奥さんらしい。
そして憂というのは、宋十郎の病気の兄である。
その病気というのが変わっている。
病院に行く類の病気ではない。いわゆる憑き物というやつで、なぜかツバメが憑いている。タヌキやキツネでなくツバメである。
一応日本語は話すものの鳥なので、憂の行動様式は、五歳児と基本的に変わらない。
伊奈さんが、旦那の兄なのか連れ子なのかよくわからない男と一緒に温泉へ行くのが嫌だったのか、単に他に用事ができたのかは不明だ。
しかし夫婦仲があまり円満でない気配は、以前からそれとなく伝わっていた。
奥さんにフられたために、宋十郎が温泉行きを、夫婦の立て直し計画から傷心旅行に切り替えたというのは、あくまで彼の妄想だ。
しかし、気の毒な男を励ましてやるのは友人の務めだろう。
暁士は快諾した。
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