たそがれさん

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 黄昏さんが頼むのは、今日もカフェラテだった。  「304番さまーホットのカフェラテです」  僕が呼ぶと、カウンターから砂糖のスティックを二本、トレイに乗せて席まで持っていく。これもいつものことだ。  先週はレポートを出すためにバイトを丸々休んでいた。本来は明日から三連勤だったから、今日を逃すと二週間会えないところだった。突然の腹痛に襲われた緑川と、僕に一番最初に連絡をくれた店長にこっそり感謝する。黄昏さんの来る曜日はまちまちだけれど、一週間で二日以上は来ない。  窓際の席は、落ちかけている日がさんさんに差して眩しいのではないかと思う。でも、黄昏さんは席に座ると置物のように姿勢を崩さない。長い髪が日光で透けて亜麻色にキラキラと光って、細かい油の粒でおおわれている厨房のガラスごしでしか、彼女の姿を見られないのがもどかしい。もう一年経つけれど、僕は「304番様」という呼び掛け以外に、彼女と話したことがない。  ガシャン  中年のサラリーマンが彼女の隣の席に座ろうとして、ビジネスバッグをテーブルにぶつけたらしい。彼女のカップは割れ、石畳風の床は薄茶色に染まった。 「大丈夫ですか」  厨房奥に立て掛けてあるモップと、台拭きをいくつかひっつかんで黄昏さんのところに行くと、彼女は平然としていた。 「お洋服汚れませんでしたか」 「無事みたいです。ありがとう」 「今代わりのカフェラテをお持ちしますね」 「悪いわ……でもありがとう」
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