4人が本棚に入れています
本棚に追加
黄昏さんが頼むのは、今日もカフェラテだった。
「304番さまーホットのカフェラテです」
僕が呼ぶと、カウンターから砂糖のスティックを二本、トレイに乗せて席まで持っていく。これもいつものことだ。
先週はレポートを出すためにバイトを丸々休んでいた。本来は明日から三連勤だったから、今日を逃すと二週間会えないところだった。突然の腹痛に襲われた緑川と、僕に一番最初に連絡をくれた店長にこっそり感謝する。黄昏さんの来る曜日はまちまちだけれど、一週間で二日以上は来ない。
窓際の席は、落ちかけている日がさんさんに差して眩しいのではないかと思う。でも、黄昏さんは席に座ると置物のように姿勢を崩さない。長い髪が日光で透けて亜麻色にキラキラと光って、細かい油の粒でおおわれている厨房のガラスごしでしか、彼女の姿を見られないのがもどかしい。もう一年経つけれど、僕は「304番様」という呼び掛け以外に、彼女と話したことがない。
ガシャン
中年のサラリーマンが彼女の隣の席に座ろうとして、ビジネスバッグをテーブルにぶつけたらしい。彼女のカップは割れ、石畳風の床は薄茶色に染まった。
「大丈夫ですか」
厨房奥に立て掛けてあるモップと、台拭きをいくつかひっつかんで黄昏さんのところに行くと、彼女は平然としていた。
「お洋服汚れませんでしたか」
「無事みたいです。ありがとう」
「今代わりのカフェラテをお持ちしますね」
「悪いわ……でもありがとう」
最初のコメントを投稿しよう!