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誕生日おめでとう、マユ。
君と出会ってから、かれこれ15年が経とうとしているね。
覚えているかい?
初めて僕たちが出会ったとき、君は茜色に染まったこの高台でひとり泣きべそをかいていたよね。
──「お家への帰り道がわからない」
──「もうすぐ真っ暗になっちゃう、怖い」
そんな君の手を引いて家まで送っていったこと、なんだかついこの間の出来事のように感じるよ。
君は、この15年でとてもきれいになったよね。
こんなこと……女の子に伝えるのは初めてだから照れくさいけど。
君は、本当にきれいになった。
よく「つぼみが花開く」とか「さなぎが蝶になる」なんて例えがあるけれど、今の君はまさにそんな感じ──いや、それ以上かもしれないね。
ところで、その……本当にいいのかい?
本当に──今日は帰らなくてもいいの?
君の家は、門限がとても厳しいと聞いていたのだけれど。
──誕生日だから特別?
そう……そんな特別な日の夜を、僕と過ごしたいと願ってくれるんだ。
嬉しい……本当に嬉しいよ。
だって、僕はずっと待ち望んでいたから。
君が、君自身が、昼と夜の境目を越えて、僕の手をとってくれることを。
本当は、何度も僕のほうから手を差し伸べようとしたんだ。
君が美しくなるたびに、君が他の男の手を取るんじゃないかと不安で。
でも、君は誰の手もとらなかった。
そして今、僕にその手をのばしてくれている。
怖がりな君が、僕と夜を過ごそうとしてくれるだなんて、マジックアワーが見せてくれている夢なのかな。
「マジックアワー」──知っているかい?
夜の一歩手前、昼の名残りがまだかすかに感じられるとても美しい時間。
そう、まさに「今」だね。
西の空を見てごらん、青みがかった紫色に染められているだろう。
あの淡い色が、やがて真っ暗な闇に飲み込まれていく。
そうすれば、君の苦手な夜がやってくるというわけだ。
──そんなのは幼いころの話だって?
ふふ、そうだった。
君はもう立派な「大人の女性」なんだものね。
誕生日の夜を、僕と過ごしたいと願ってくれるくらいなんだもの。
では、そろそろ行こうか。
さあ、僕の手をとって──
ふふ、手が冷たいって?
それね、よく言われるんだ。僕としてはもう慣れっこなくらい。
──誰にって?
それは、まあ……内緒かな。
そのうちわかるよ、君もこちらの世界に来てくれればね。
うん? 僕、なにかおかしなことを言ったかな。
大丈夫、君はあれこれ考えずに僕についてくればいい。
僕と、誕生日の夜を過ごしたいんでしょう?
だったらそのことだけを考えていればいい。
そう、怖がらないで……
誰よりも君のことをたいせつにするから。だって……
ずっと、ずっと待っていたんだ。
15年前、君に初めて出会ったときからね。
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