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私は人魚姫だった。
もちろん、それは前世での話。
「ねえ、話って何?」
白い砂浜をビーチサンダルで蹴りながら、目の前の青年が口を開くの待つ。
「お前、好きな人がいるのか?」
問い詰めるような強い口調。
「ばかね、そんなことを聞くために呼び出したの? だって私はあなたと付き合っているのよ!」
「じゃあ何でお前はいつも上の空なんだ! この前のデートでだって」
「それは……」
「お前の気持ちはよくわかった。俺たちもう終わりにしないか」
ああ、彼が去っていく。
「ちょ、離せよ」
気付けば彼のジャンパーの裾を握りしめていた。
「何、泣いてんだよ」
「違うの、ちがうのよ」
だってしょうがないじゃない、
恋に溺れるなんて格好悪いこと、今世ではしないって決めたのに。
「泣き喚くなんて、お前らしくないじゃんか」
不器用に頭を撫でくりまわされた。
じんわりと彼の温もりがしみる。
「怖いの」
「強気なお前にもそんなものがあるのか」
サンダルで思い切り彼の足を踏む。
「だって、いつか敦は他の誰かを好きになるかもしれない。そしたら私には見向きもしなくなって、私は、私は、きっとこの気持ちを持て余してしまう」
急に視界が暗くなる。
だけど、嗅ぎ慣れた香りに敦の腕の中にいるのだとわかって安堵した。
「馬鹿だな、お前は昔から」
ああ、
彼の肩越しに見える昼空は
茜色でわかたれて、
もうすぐ夜を連れてくる。
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