シンガポール・スリリング

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「おいっ?! どうした! 大丈夫なのかっ?!」  すっ飛んで行って、バスルームのドアを開けると――。 「何よこれっ!! どうしてくれるのようぅー!」  グズグズと泣いているアンジェリーナの首の周りに、漆黒の艶やかな長毛が襟巻きみたいにフサフサ生えている。……なんだこれ、無茶苦茶そそられるじゃねぇか! 「かっ……可愛い」 「はああああっ? アンタ、バッカじゃないの――んっ!?」  バスルームに凄いフェロモンが充満している。ゾクゾクと煽られて、咄嗟に抱き締めて唇を奪った。舌を絡める間に、オレも項の辺りの後ろ毛が伸びてきた。あ、ヤバい、と思ったときには半狼化していて……。 「バカぁ……この後、ここのホテル発祥のオリジナルカクテル(シンガポール・スリング)を飲みに行きたかったのにぃ!」  銀の長毛に覆われた胸板をバシバシ叩かれるけれど、半狼化した彼女の身体は艶めかしく、力任せに押し倒していた。初めこそ抵抗していたものの、オレのフェロモンに当てられたのか、彼女も興奮状態に陥って、瞳が潤んでいる。 「諦めろ。きっと月が昇ったんだ。沈むまで、楽しもう」 「だ、だって、新月でしょ?」 「だから、半分しか変化してねぇだろ。あー、色っぽくて堪んねぇ」  全部体毛に覆われていないのが、とんでもなくエロい。 「もうっ! 明日の昼間こそは、アタシに付き合ってもらうんだからねっ……流れるプールで泳いで……今度こそ、カクテルを飲むんだからぁ……!」  荒々しく絡み合いながら、アンジェリーナはオレの首筋に長い犬歯を立てる。痛みすら、ゾクリと快感になってきた。これじゃ、長の言うような一時的な反応じゃ済まねぇかもしれねぇな。 「ああ。分かった、分かった」  毛並みを撫でて宥めながら、血の味がする唇を舐め、キスを繰り返す。  あの夜のことは、事故だった。  だけど。  昼間活動出来る吸血鬼ってのも、悪くねぇ。  そうだ。今度の満月の日には、昼間から一日中デートしよう。夜になったら狼の姿になって、本能のまま街を駆け回るんだ。 【了】
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