シンガポール・スリリング

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 あれは、事故なんだ。  コイツが酷く酔っていたってのも、オレがいつもより興奮していたってのも……タイミング、なんだよ。だから、仕方ねぇなって。気分を変えるのも、悪くねぇかなって。そう思って、親友のコイツの提案に乗ってやった。 「オマエさ……なんでシンガポールな訳?」  シンガポール・チャンギ国際空港からタクシーで約30分。南国リゾートを楽しむのなら、何もこんな地球の裏側じゃなくてもいいだろうに。百歩譲ってシンガポールだとしても、もっとビーチに近い……外国人向けの高級コテージなんか借りればいいものを。高級とはいえ、高層ビルが窓外にそびえ、市街地に建つ老舗ホテル。中途半端に都会の雰囲気を離れられないのもまた、コイツらしいっちゃあ……そうなんだろう。 「やぁね、分からない訳? アタシの仕事、知ってるでしょうに」  セミダブルのオフホワイトと焦げ茶色を基調とした上品な客室。天井でシーリングファンの5枚の羽根がゆっくりと回る。植民地時代の歴史ある建物……なんてネットで読んだけど、数年前の大規模改修のお陰で、建物の形以外は歴史の長さを感じさせない。 「仕事? 地下の穴倉で、酔っぱらい相手の……」  ボフン 「ってぇ!」  力任せにクッションが飛んできた。荷ほどきをしていた後頭部に当たったそれは、言葉ほど痛くはないのだが。 「カクテルバーのバーテンダー! もぅ、バカにしてっ」  ぷうぅと細い顎の上の薄い頬を膨らませる。血筋……遺伝の力だから仕方がないが、コイツはもう少し太った方がいい。 「ああン? あんな味も分からねぇようなクズ共に適当にキッツい酒出してる店が、カクテルバーだぁ? ――ブホッ」  南国気分のコットンシャツ。都会的なオレには黒が似合うけど、陽射しが暑いし……とか考えながらベッドに着替えを並べていたら、ドカンと背中を蹴られた。 「ってぇぞ。暴力女め」 「クズってんなら、アンタが筆頭でしょ、このケダモノ」  ふぅ。確かに、あの夜、グダグダに酔った上にフェロモンにヤられて、見境なく襲ったのはオレだ。相手が、よりにもよって、この痩せっぽっちでお色気ゼロの幼馴染みとも気付かずに。 「悪かったよ。だから、こんな15000kmも離れた異国に付き合ってんだろうが」 「フン。当然でしょ。責任取ってもらうんだから」 「責任、ねぇ……」  美味しい思いをしてるのは、オマエだろうが。どっちかってぇと、オレは被害者なんだけどな。  3回目の暴力は、流石に懲りたので、オレは喉まで迫り上がった憎まれ口を呑み込んで、オフホワイトに薄くブルーのストライプが入ったシャツに着替えた。 「ねぇ、お腹空いたわ。早くレストランに行きましょ」  その提案には賛成だ。振り向くと、彼女も着替え終えていた。背中が大胆に空いたセクシーな青いワンピースに、軽やかなレースのショール。艶やかなブルネットに白い肌には、よく似合っている。ま、オレ的には、もっと肉感的なグラマーが好みだが。  クルリと腕を絡められ、客室を後にした。  ――只今、18:20。日没まで、およそ50分。
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