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変化が生じたのは、西の空まで暗い青に染まった頃だ。
鬼がピタリと動きを止める。シュウシュウと音を立てて体が蒸気を上げ始めた。元の形を思い出すように、角は額の中に収まっていき、髪は根本から黒に変わり、犬歯は口の中に収まり、筋肉は萎み、背中の腕は指先から小さくなって消えていく。
残るのは作業着を着たタンクトップのヒョロヒョロした若者だった。
「あー、終わったー」
河川敷に大の字に転がる。でもこれ、若者の方から下着覗けるのでは? いいや。知らん。
「大丈夫ですか」
気弱そうな声が移動して近づいてくる。
「気にすんな。私がルール違反したっぽい」
むくりと上半身だけ起こす。
「カバン取って」
言うこと聞きそうだったので指示してみる。弾かれたように駆け出して、若者はカバンを拾ってきた。土草まみれのカバンを覗いて無くした物がないかチェック。全部ある。セーフ。
「お姉さん、強いんですね」
「なに、覚えてんの?」
「言うこと聞かないのは体ばかりで。すみません、ご迷惑をおかけしました」
「いいって。ボクシングやってんの?」
「見る専門ですね」
「それであの動きか。アレじゃん。漫画とかで技コピーするタイプのキャラじゃん」
「あの体だから、ですが」
「とりあえず、あんた他の格闘技見るの禁止ね」
「え、どうして……」
「手強くなるでしょうが」
「次があるんですか? やめた方が……」
「いや、私もない事を祈るわ」
ひらひらと手を振って立ち上がる。転がしてたパンプスを突っかける。
「あの、何かお詫びを」
「ルール違反はこっち。まったく、罰金とか知らんわ。んじゃね」
食い下がろうとする若者をぶった切って帰る。早くシャワー浴びたい。着替えたい。
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