夕闇の魔法

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「凪、帰りにどこか寄る?」  声を掛けてきたのは予備校で知り合った美咲(みさき)。  高三の夏休みなんて夏期講習と模試ばかりで、いっそ学校がある時よりも忙しいくらい。そんな中でも美咲は、隙を見付けてこうして遊ぶ時間をつくるのが上手だ。 「じゃあ私、シュークリームが食べたい」 「いいね!」  会社帰りの人波に揉まれながら、駅前の店でシュークリームとお茶のペットボトルを買う。先月新しくできたパン屋さんのシュークリームは、みんなが噂してたんだ。レジには行列ができてたけど、話ながら並んでたらあっという間に買えたので良かった。  そして流れに逆らって駅横の公園へ。  美咲と顔を見合わせて、ほっと一息ついた。 「すごい人だったね」 「大人って大変」 「私達も大変だよう。あとで結局電車に乗るんだもん」 「あはは。そうだった」  今だったらまだあと三十分は空も明るいままだろう。疲れた顔で足早に駅に向かう人たちを避けて、ベンチに二人並んで座った。 「はい、美咲」  私が持ってたペットボトルを美咲に渡し、美咲は紙袋から私の分のシュークリームを取って差し出した。 「ありがと」 「いただきまーす」  せっかくのシュークリームだからゆっくり食べようと思ったのに、お腹が空いてるから一気に食べてしまった。  隣をみると美咲もとっくに食べ終わって、唇を白くしてる。  慌ててティッシュを取り出して一枚美咲に渡し、私も口の周りを拭いた。 「うっまー。脳みそに染みわたる」 「あはは。頭使ったからね」 「うんうん。凪は模試の成績どうだった?」  二か月か三か月前に予備校で受けた模試の結果が、今日返ってきた。私の志望校は家から電車でたった二駅の所にある公立の大学だ。この予備校よりもずっと家に近い。親は家から通える所にしろ、でも浪人もダメだって言うから、他に選択肢はあまりない。ただ、もともと生命科学には興味があったし、不満があるわけではない。 「まあまあかな。私、家から通える公立だから。今のままならあまり心配なしって感じ。美咲は?」 「うちは第一希望がC判定だったからなあ。ちょっと不安」  たしか美咲の目指してたのは、かなり難関の有名大学だ。  C判定でも私からしたらすごいと思う。 「県外だったよね?」 「そうそう。やっと親を説得できたんだし、頑張らないと!」 「美咲は強いなあ」  私はどうしても県外に行くって言えなかった。  弟や妹がいるし、そもそも行きたい動機が不純だったし。 「凪は? 幼馴染くんと同じ大学を目指すんじゃなかったの?」  そう。  そうしたかった。  美咲と並んで夕焼け空を見上げながら、心の中で夕闇の魔法をかける。  成績がぐんと伸びますように。  壱吾と同じ大学に行きたい。  でも。  魔法なんてない。
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