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「あはは……さすがに無理だって。現実が見えてきたんだよう」
項垂れたら、背中をバシバシ叩かれた。
「まあまあ、今から落ち込まない。遠距離恋愛っていうのもアリだって」
遠距離恋愛とか!
ちょっとだけ想像して、顔が熱くなってしまう。
「そ、そんなんじゃないから。ただの幼馴染なんだよ」
「でも好きなんでしょ?」
「……うん」
小さい頃から、ずっと好きだった。でもちゃんと好きだって意識したのは高校に入ってからだ。
そして意識してしまったら、逆になかなか話しかけられない。
壱吾はずっと私のそばに、すぐ近くにいたと思っていた。でも部活が違い、クラスが違い、進路も違ってくれば、そんなのは幻想だと気付く。
幼馴染だから大丈夫だなんて、今では小さなお守り袋くらいの安心感もない。
日の落ちた後の空は、見る見るうちに様相を変える。目を上げれば、鮮やかなオレンジ色から紫色へと変わっていた。
空が夕闇に染まるのを見ていると、美咲がぽつりと呟いた。
「私も実はさ、追いかけてるんだ」
私に話しかけたというより、思わず零れ落ちたようなセリフ。
流せばよかったのかもしれないけど、つい聞き返してしまった。
「誰を?」
「ずっと好きだった人」
美咲は今まで好きな人の話とか聞いても、いつも笑ってごまかしていた。
でも、ちゃんといたんだ。追いかけたくなる人が。
「あまりカッコよくはないんだけど、何だかかわいくて。頭がすごく良くて、聞いたら何でも教えてくれて、しかもその教え方がとっても上手いんだ」
「へえ。美咲はその人と同じ大学に通うために頑張ってるんだね」
「うん。せめて同じ大学を卒業してやろうかなって」
美咲の第一志望は県外の難関大学だ。幸運だけで合格するところじゃないから、しっかりと実力を付けようと頑張ってる。
美咲のそんなところが、カッコイイと思う。
同じ女子だけど、私にはない強さだった。
そんな私の羨望のまなざしから逃れるように、美咲はスッと目を空に向ける。
ちょっと間があって、大きく息を吐いて、それから言った。
「その人はもうとっくに卒業してさ、うちの高校で物理を教えてる」
「……先生か」
「それで、先月結婚した。大学の時からの恋人だって」
「そっか」
そっか。
続ける言葉が見つからなかった。
けど美咲は吹っ切れたように笑って、また私の背中をバシバシ叩く。
「凪はまだ可能性あるんだから頑張んなよ」
「……。うん」
「そうだ! 来週花火大会だよね! それに誘えば?」
お盆頃にある花火大会は、県内でも指折りの賑やかなお祭りだ。
花火は夜の八時ごろからだけど、午前中からたくさんのお店が並び、あでやかな浴衣姿の人たちが海岸を彩る。
小さな頃はよく、うちの家族と壱吾の家族とみんな揃って出かけてた。
私は子供用の浴衣で、壱吾は甚平を着て手をつないであっちこっちのお店に行った。
あの時はたしか、歩きにくいからと靴だけは運動靴だったなあ。
そんなことを懐かしく思い出す。
行きたい。
でも何と言って誘ったらいいんだろう。
「やっぱり、無理だよう」
「大丈夫だって。幼馴染なんだし、学校じゃなくて家に帰ってから声かけてみなよ。近所なんでしょ?」
壱吾の家は同じ町内で、二ブロックくらいしか離れていない。
「うん。家は近い」
それに、休みの日とかはわりとよく会う。
「よし、けってーい! 凪は頑張って幼馴染くんを誘う。私は頑張って次はB判定を出す!」
そう言うと、美咲は拳を振り上げて、勢いよくベンチから立ち上がった。
つられて私も、オー! っと言ってしまう。
空はいつしか群青色になっていた。
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