夕闇の魔法

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 花火大会の当日は、朝からそわそわと落ち着かなかった。  早めにお昼ご飯を食べて、お母さんに浴衣を着せてもらう。  紺地に紫陽花の模様の浴衣は古風で、ひょっとしたら少し地味かもしれない。お母さんが若い頃に着ていたものだから。  でも滅多に着ない浴衣に、気分はいやでも盛り上がる。苦しいくらいに帯を締めれば、鏡の中には別人のような自分がいた。  髪を簡単に結って、お気に入りのヘアピンで飾る。  着物用じゃないけど十分よそ行きみたいになった。  可愛いカゴバッグにお財布とかハンカチとかいろいろ詰めて、全部準備できてから三十分、やっと玄関の呼び鈴が鳴った。  壱吾はTシャツにジーンズで、玄関にぼうっと立っていた。 「じゃあ壱吾くん、凪をよろしくね」 「あ、は、はい。しっかり護衛します」  おかあさんと同じこと言ってる。小さい時は私が壱吾の護衛だったんだけどなあ。いつの間にか身長と一緒で逆転してしまったらしい。  花火大会の会場までは駅から電車で十分くらいの所にある。  普段履き慣れない下駄だからと、お母さんが車で駅まで送ってくれた。帯ってかわいいけど不便。すごく車に乗りにくい。  おかげで隣に壱吾がいるドキドキは忘れさせてくれた。  駅でお母さんに手を振ってから、今度こそ壱吾と二人で歩き始める。 「見違えた。浴衣着ると別人みたいだな」 「あはは。馬子にも衣裳ってね」 「笑うといつもの凪だ。安心する」 「ひどいな。あはは」  壱吾がすごくいつも通りで、何だか昔に戻ったみたいだ。  うん。今日は素直に子供の頃のようにお祭りを楽しもう。  そう思ってた。  でも。 「わあ、すごい人込み」 「迷子になるなよ」  壱吾が私の手を握った。  子供の頃のように。  でも、やっぱり違う。子供の頃とは違う大きな手だった。  せっかくドキドキが落ち着き始めたのに。 「まずは、ヨーヨー釣りかな」 「うん」  昔みたいで、やはりどこか昔とは違う。  花火大会の会場を私と壱吾は手をつないで歩いた。  火照る頬は暑さのせいだと、心の中で言い訳しながら。
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