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「じゃあ、俺、こっちだから」
去っていく先輩の背中を、今日も俺は静かに見送っている。
ひそかに「振り向け、振り向け」と念じながら。
けれども、今日もあの人は振り向かない。
ちょっと猫背気味なまま、改札の向こうに消えてしまった。
(一度くらい、振りむいてくれてもいいのに)
そうしたら気づいてもらえるかもしれないのに。
どんな目で、俺があなたを見つめているのか。
いつから彼を好きだったのか、なんて覚えていない。
最初は、ただの部活の先輩だったはずだ。
それなのに、いつのまにかあの人だけが特別になっていた。
ただ焦がれるように「美しい」って。
──おかしいかな、男に対してそう思うのって。
でも、それが本心なんだから仕方がない。
夏の別れ際──半袖の白シャツに、あまり日に焼けていない首筋に、きらきらとオレンジの粒子が降り注ぐさまに何度胸を高鳴らせたことか。
あの人の背中が見えなくなったところで、俺はゆっくりバス停へと向かう。
イヤホンをつけ、少し前にスマホにDLした曲をタップした。
たまに、帰り道にあの人が口ずさんでいるバラード。
調べてみたら90年代のヒットソングらしい。
オリジナル曲が響く一方で、それより幾分低い歌声が脳内で再生される。
続いて、あの人の横顔。
眉を少しひそめるその様は、いつもどこか切なげで──
1番のサビのところでバス停に辿り着いた。
次のバスの到着時刻を確認しようと顔をあげると、電光掲示板の向こう、背の高い建物の間に燃えるようなオレンジが広がっていた。
(ああ……)
ぶわ、と先輩への想いが胸に満ちた。
燃えるようなオレンジ。
それに照らされる、美しい──でも決して振り向かない背中。
イヤホンから流れてくる歌声とギターが、どうしようもなく鼓膜を、心を震わせる。
(本当に「誰もが胸の奥によく似た夕日をもっている」というのなら)
夕焼けに重ねたこの想いも、いつかあの人と共有できるのだろうか。
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