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「じゃあ、俺、こっちだから」
また明日、と軽く手をあげてあいつから離れていく。
ちゃんと笑えていただろうか。
いつもどおり、あいつの「先輩」の顔ができていただろうか。
考えれば考えるほど、歩くペースが速くなる。
アスファルトを照らすオレンジ色がまぶしい。
夕日が目にしみる、ってこういうことなのかな。
気がつけば、部活終わりだというのにすっかり駆け足になっていた。
──「いますよ、好きな人」
内緒話を打ち明けるような、ひっそりとした声だった。
なんで、この話題になったんだっけ。
ああ、そうだ……今日の昼休み、あいつが告白されているのを見かけたんだった。
それで、どうしても気になって、冷やかすふりをして「どうすんの?付き合うの?」なんて探ったんだ。
そうしたら、
──「彼女とは付き合いませんよ」
──「好きな人、いますので」
聞かなければよかった。
どうしようもなく、心が悲鳴をあげていた。
だって、お前のことが好きだから。
どうしようもなく好きだったから。
もちろん、覚悟はしていたつもりだったんだ。
いつか絶対にこんな日がくるって。
なのに、もろい。
まだ「あいつに好きな人がいる」ってだけなのに。
改札をくぐり、ホームへの階段を駆けおりる。
きらきらと夕日を弾いているのは、線路と並行して流れている大きな川の水面だ。
「くそ、泣くな」
泣くな、泣くな、泣くな!
この程度で泣いていたら、本当にあいつに恋人ができたとき、俺の両目は泣きすぎてきっと溶けてしまう。
必死に瞬きを繰り返して、歪みそうになる視界をととのえる。
あいつのことを考えたくなくて、ワイヤレスイヤホンに意識を集中させた。
折りしも、タイミングよく流れてきたのは90年代のヒットソングだ。
母さんが好きで、たまに口ずさんでいる曲。
ああ、どうして。
どうして、人は最初から「運命の相手」と寄り添って生まれてこないのだろう。
どうして、ひとりぼっちで生まれてきてしまうのだろう。
最初から結ばれる相手がわかっていたら、よけいな想いをしなくてすむのに。
(あいつのこと、好きにならずに済んだかもしれないのに)
ホームの真ん中で、ついに堪えきれなくなって目元をぬぐった。
ああ、今、俺はどうしようもなくひとりぼっちだ。
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