黄昏ハロウィン

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ディナーはいつも正装するべきだと、彼を攫った人は言った。 白いブラウスにブルーのジャケット、グレーのハーフパンツ、白いロングソックスに、黒いエナメルの靴を穿かされていた。 確か、ごしっくちょうと呼ばれる服。 彼は生まれてから、これほどきちんとした服を着たことがなかったはずだ。さらに、これほど豪華な家も見たことがなかったはずだ。 扉を開けば目の前には長いテーブルが置かれ、白いテーブルクロスに、金の燭台が均等に置いてある。黒い屋敷にふさわしく、まさに絵本に登場するヨーロッパ貴族の食卓を忠実に再現してある。 ーーーなぜ、僕はここに来たのだろう? とナイフを転がしながら考える。 そして、昨日までいた子供たちはどこに行った? 奥の扉から女と男が入ってきた。 後ろの青年は女の執事で、この家のものからドラキュラ執事と呼ばれていた。確かに、青白く痩せこけた彼のあごはツンと尖っていて、人間らしい温かみは感じられなかった。冷気がでそうなほど青く鋭い目が、ナイトのを見た。思わず、肩がすくむ。 そして、女はパンプキンという。まだ若い綺麗な女だ。黄昏色のボブカットで、首も袖もつめたれた緑色のドレスを着ている。彼女は口の端だけあげた笑顔を貼り付けている。 彼女はナイトを攫った女だ。 パンプキンの明朗な声が静寂を貫いた。 「待たせたな。食事にしよう」 合図の後、ボーイの服をきた身体中、包帯だらけの少年が彼女の目の前に皿を置いた。ナイトの前にも包帯だらけのメイド少女によって前菜が置かれ、銀色の蓋があげられる。 ナイトは思わず、顔をしかめた。緑色で原型を留めていないものが、皿の上に乗せられている。まるでカエルのゲロだ。その醜悪さと、強烈な草の臭いに、思わず吐き気を催しそうになる。しかし、パンプキンは食器に顔を近づけ草の香りを楽しんでいる。彼女は大きく手を広げながら、そのできを賛美する。 「実においしそうだ。しかし、次はもう少し見た目に気をつけるといい」 パンプキンはそう言って手を降ろすと、壁際の影に控える男を見た。 「がじごまりまじだ」 喉を焼いたような声を出し、人が一人入っていそうなほどに大きく膨れ上がった腹をした小男は赤黒い歯茎と、欠けてしまった歯を見せながら笑った。男はいつもシミだらけのコック姿をしており、黒い布で目隠しをしている。ナイトは彼がどのように食事を作るのか、不思議でならない。 「それでは諸君、空気と水と大地に感謝して」 食事は必ずとる。いつか逃げるためにと、決めたことだった。 それに最近やっとこの屋敷の料理にも慣れてきた。最初は本当に草の味しかしなかったので、これが食べ物と感じられるものはほとんどなく、ハンバーガーや菓子パンが恋しくて仕方なかった。しかし、今ではその抵抗も少なくなり、見た目が多少グロテスクでも口に運べるようになった。 「どうだね、ナイト、おいしいかい?」 パンプキンが、目玉が入ったワインレッドのゼリーにスプーンを刺した。 「まぁ、たぶん」 ナイトは曖昧な返事をする。 「食べておけよ。少年というものは作り手が驚くほど食べてこそ、いい体になるのだ」 パンプキンは満足そうに笑いながら、スプーンを口まで運んだ。赤い舌が艶かしく動き、唇をなぞる。 「僕を食べる気ですか?」 彼女の目が上目遣いにぎょろりと動く。 「なぜそう思う?」 急に彼女から笑顔が消えた。沈黙が流れ、秋風が窓を揺らす音しか聞こえない。そんな中、ナイトは唾を飲み込み、言葉を返した。 「だって、本に書いてあったんだ。悪い魔女は子供を食べると」 パンプキンはそれを聞いて、腕を組んで考えるような仕草をした。 しかし、パンプキンはにやりと笑っただけ。 「お前がそう考えるなら、そうだろう。そして、おそらく、私はお前を食す寸前で、お前 の機転により倒される魔女となるだろう。ふふふ」 パンプキンはそう言うと、笑いを強くした。それにつられてか、ミイラ兄妹もニヤニヤ、笑い始める。 「いい発想だ。それもいいだろう。だが、骨と皮だけの騎士になにができる。カルシウム不足の骨を抜いて、剣にするか? それに自惚れるなよ。育っていない肝臓はパサつきばかりで、味気ない。我輩はこれでも美食家なのだよ、Mr.ナイト」 ミイラ兄妹がこらきれず、吹き出した。 「ごちそうさまでした」 「もういいのか?」 「うん」 「そうか、ならば下がれ」 ミイラの娘がイスを引き、退出を許された。ナイトが何も言わず扉へと向かうと、背中から声がかかった。 「眠る前にカモミールティーを飲んでおけよ。よく眠れるしな。それと、腹が空いても、眠っていればわからんだろう」 ナイトは振り向きもせず、すぐに扉を出た。背を向けた食堂から甲高い笑い声が聞こえる。 この不気味で不快なこの城はハロウィン城と、みんなは呼んでいる。
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