黄昏ハロウィン

7/7
前へ
/7ページ
次へ
ここはとあるハンバーガーのチェーン店、いつも色白で赤鼻のキャラクターが笑顔で訪れた人を迎えている。 老若男女の誰もが訪れるには、最適の場所だ。 しかし、今日、ここ支店は非常に入りにくかった。 店の奥に、緑のドレスを着た女、黒燕尾服の男、包帯だらけのボーイとメイド、目隠しをしたコック姿の男とシルクハットを被った髑髏が一つテーブルの上にあった。 何かのエンターテイナーなのだろうが、不気味な一団に誰もその付近の席には近づこうとしない。 「おーい、お前ら俺様からのお知らせだー。耳をかっぽじってよく聞け、脳汁でるまでかっぽじれー」 いきなりシルクハットの髑髏から声が発せられ、客たちは一斉に驚いた。 しかし、黄昏色の頭の女は動じることなく返事をする。 シルクハットの髑髏がパカリと口をあけ、雑音が聞こえ、チューニングをするために揺れる音がいくらかした。やがて、女性の声が流れ始める。 「昨夜未明、虐待の罪で逮捕された下村聡子容疑者の息子で行方不明になっていた、下村騎士君が無事保護されました。 目立った外傷はなく、受け答えもはっきりしていることから、警察は経過を見てから児童相談所に掛け合うそうです。」 全員が神妙な顔で、髑髏から流れるラジオの声を聞いていた。そして、髑髏はラジオ放送が終わると、パタンと口を閉じた。 「と、まぁ、こんな感じに落ち着いたようだ。 まったく。やれやれだぜ。 あ、ドラキュラ。帰りに吾輩の家に、ハンバーガーを届けてくれ。 ビッグサイズセットで、飲み物はコーラのLだ!」 元の中年の声に戻った髑髏の言葉に頷いた黒い燕尾服の青年はカウンターに向かう。 パンプキンはその背中を見送りながら、「あの子、下村って言うのかー」と呟いた。 ミイラ兄妹が、机の上にあったポテトに手を出そうとするので、パンプキンに叱責される。慌てて手を引っ込めた兄妹は恨めしそうに、机に噛り付く。 「おい。パンプキン。子供らがかわいそうだ」 髑髏がそう言ったが、戻ってきたドラキュラが無表情でミイラ兄妹からトレーを遠ざける。 「お前と通信を繋ぐためにWi-Fiがある場所と言えば、近所ではここしか思いつかなかったんだ。おい、ポテトは一本だけだったらいいぞ。けど、二本目はやめておけ、自分で掻いて血まみれになるからな」 兄妹は、トレーに飛びつき、ポテトを一本ずつ大切そうに食べはじめる。 「さて、今回の誘拐だが、上手く行った方だと思う。ナイトをわずか半年で、彼が走り、正常な判断を下せるまで戻すことに成功した。 本来であればこのような添加物まみれの場所に来ないが今日は特別だ! 実に喜ばしい!」 パンプキンの声に全員が耳を傾け、終わりに兄妹が拍手した。 「喜ばしくねぇよ」 突然に、しわがれた男の声がした。髑髏から発せられているが、彼自身のものではない。 「お前らの誘拐は許されることじゃない」 髑髏なので表情は変わらないが、怒気を含んでいることぐらいは分かる。 「随分と傲慢だな。 一体、誰のせいだと思っているんだ」 パンプキンはその怒気に怯むことも、憤ることもなく淡々と話す。 「生活課担当の刑事が聞いてあきれる。 貴様が無能なせいで、ナイトがどれだけの責苦を味わったと思う。 彼は出会った当初、返事はおろか、頷くことさえ困難なほどだった。 出会った公園で、意思疎通がとれたのはまったくの奇跡と言える。検査の結果、原因は栄養失調からくる、鬱状態と判断された。さらには、記憶障害、生命活動も危険な状態にもあった。 それもこれも、虐待され、見捨てられ、死の淵に追いやられたナイトを見つけられなかった、お前たちが原因だ」 髑髏の向こうで刑事が唸る。 「仮想パーティーのような格好で、正義のヒーロー気取りか?」 パンプキンはその嫌味を鼻で笑う。 「気を悪くしたなら、謝ってやろう。 けれど、もう全ては手遅れなのだよ。 我々は哀れな子供たちを保護し、一人でも多く助ける」 パンプキンは右手のひらを返しながら、堂々と演説した。 小さな拍手が兄妹から贈られる。 「誘拐し、変態的な生活を強要してか?」 「現実など苦しいだけだ。 だから、みんなハロウィンが好きなのさ。ここではないどこかを求めている。 それに、御伽噺の中で治療したほうが楽しいだろう」 「子供達を元に戻した時に、ささないなことを報告させないためだろう。 たかだか、栄養士が調子に乗るな。 いつかお前たちを捕まえてやるからな」 警部が鼻を鳴らして、通信は途絶えた。 パンプキンはため息をつく。 それを、疲れだと思ったのか双子が包帯と絆創膏だらけの手をそっと乗せた。 「ありがとう。お前たち。 じきにお前たちのアトピーもよくなる。 そうなれば、もう痒みともおさらばだ。自らを掻いて、血にまみれることもない。」 二人は優しさに溢れるパンプキンに抱きついた。パンプキンも包帯と薬品の匂いがする二人をしっかりと抱きしめた。 彼らは重度のアレルギー症状が出ていたにも関わらず、親に見放されていたところを拾った。 そして、手探りでバンバーガーの包みを執事に開けてもらっているコックは、糖尿病で視力を失った。身寄りがないのに、軽度の知的障害を煩い健康に対する意識がなかった彼は、自分の思うがままに生活してしまった。しかし、知識がないことを自己責任として、社会から放りだすのはあまりにも理不尽だと思った。 髑髏とてそうだ。彼は重度の引きこもりで、何年も姿を見せていない。 執事も酷い貧血のせいで、人とコミュニケーションが取れない病だ。 我が国はこ豊かであるはずなのに病が多すぎる。 パンプキンはそれを食の乱れが起こすものだと考えている。 永久に面倒は見てやれないが、子供達がせめて回復するだけの間は守ってやりたかった。 パンプキンという女は栄養師として、誰もが健康的で、幸せな世の中を作ると意気込み、その夢敗れ、絶望し、それでも一人でも多くを救いたいと願った馴れの果て。 「新しい子は、しばらくはこの町から探すとしよう」 彼女は振り返り、窓のライトアップされた赤い塔を振り返った。 「よろしくな、東京」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加