昼のカートリッジ・夜のカートリッジ

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 何世代にもわたって、この世に満ちている高エネルギーの光線を曝露してきた結果、現代の人類のほとんどは生殖機能を持たない。  人類総隔離以降はなおのこと。こうして他人と接触することなく室内に身を潜めて、自分が生きるだけで現人類は精一杯なのだ。  生殖機能が残った一部の人たちの提供によって発生する新生命も、受精から成育までの全段階が人工的な営みだ。  親とか子とか、家族とかいうものは、バーチャルの中で疑似的に体験することはあれど、実在しない。  僕の世代の人間に親はいないし、親から受け継ぐファミリーネーム、苗字というものも持たない。  シェルター内で互いを判別するため、割り当てられたファーストネームだけが僕たちの固有名詞だ。  僕は、ただのサクヤ。  バーチャルでは大学の講義で名指しされたり、会社で上司や部下から呼ばれたりするときに、ランダムで設定された苗字で呼ばれることはある。  そこでは周囲もみな名字を持つ世界なので違和感はないのだが、覚醒後はやはり少し変な感じがするものだ。  もっとも、苗字のある生活というのは、これまでの歴史の中ではわずか数世紀ほどのイレギュラーな事態らしい。  これも<大学>で歴史学の講義を取って知ったことだ。十九世紀半ばまでこの国の大衆は苗字を持たなかった。
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