昼のカートリッジ・夜のカートリッジ

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「おっ、ありがとうミユキ! ……あの、写真、写真、次は僕とあなた。 そう一緒に、いいかな? 彼女が撮るから」  カメラと自分、男、そしてミユキを順に指さし、写真を撮る身振りをしながら、男がこちらの言いたいことを解しているか様子をうかがう。  男は観光客慣れしているらしく、ほどなくして異邦人である僕の要求を認識し、受け入れてくれた。  親指を立てつつ口から覗かせた歯が、焼けた肌の中で白く映えた。 「じゃあ撮るよー。はい、チーズ!」  カシャッ……  視界が暗転し、僕は頭上の蛍光灯の青白さに顔をしかめた。  人が一人横たわれるサイズのカプセルから身を起こすと、壁掛けのアナログ時計が針を刻むのが見えた。 「あぁ、もうそんな時間か。せめてイワシ食べたかったな」  あと、ミユキの水着姿もね――。すーっと熱の引いてしまった南部の海辺のハリボテを、僕は思った。  ハリボテなのが海だけだったらよかったが、現地のよく日焼けした男も、少し香ばしく焦げたイワシも、もちろんミユキもぜんぶ偽物だ。  時差が帳消しになるシステムとはいえ、遅い時刻まで日が明るいヨーロッパ観光は時間の感覚が狂うな……。  以前にも同じようなことを感じたのに、一向に学習しない自分に少し嫌気が差した。  でも逆に言えば、わずかにでも<覚醒>の気配を察知せずにギリギリまで楽しんでいたい、という願望の表れでもあるのだと思う。  先ほどまでのバーチャルとは対極にあるような、無機質な室内は薄暗い。遮光カーテンを閉め切っていることもあるが、もうじき夜が来るのだ。  カーテンの端からわずかに漏れ出た外の光の彩度が、アナログ時計よりも克明に、今日という一日が終わりに近づいていることを知らせていた。
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