猫たちの中心で友に語る

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猫たちの中心で友に語る

 謹慎処分が解けるなり,黄昏時に線路沿いの小屋へとむかった。ホームレスたちの集まってくるにはまだ早い時刻だったが,目的地から大勢の人間の声がいりまじり風に運ばれてくる。土手の上に数台の自転車がとめられている。真新しい自転車ばかりだ。何処か様子がおかしい。土手に降りたって見渡せば,線路を越えた小屋の連なりのむこうに制服を着た少年たちがたむろしている。少年たちの取り囲む地面で何か蠢いている。人だ。人が動いている。これは集団暴行だ。少年たちがホームレスの1人をいたぶっているのだ。どうしよう,幽霊の僕に何ができる?  ホームレスは暴行を受けながら頻りに何か言っている。助けを求めているのだろう。 「君たちは後悔しないのか! 一生後悔するんだよ! 罪の意識に苛まれ苦しんで生きていくんだ!」  心滋じゃないか! 馬鹿――そんな説教まがいなことを言えば挑発しているようなものだ。実際,少年たちは背筋も凍るような言葉を口々に吐き捨てつつ攻撃手法をいっそう残酷なものへと切りかえていく。  土手の斜面に休息していた猫の群れが僕に気づいた。みな一様に体を弓形に盛りあげ,毛を逆立てて威嚇する。昔から猫に嫌われる性分だった。  土手をおり,猫たちを誘導する。彼らは怒り狂った声を発して追いかけてくる。何処に隠れていたのか,あちらこちらから猫が姿を現し,甲高い声で泣きわめく。夕闇のなかを何万匹もの猫たちが蟻のように幽霊めがけて密集した。幽霊は少年たちを透過して心滋の上に覆いかぶさった。  少年たちが異変に気づき,先を争って逃げていく。自転車から転倒してそのまま走って去っていく者もある。 「心滋――僕のことで自分自身を責めているの? それなら見当違いだよ。誰も僕をいじめていないし,君が僕を救えなかったわけでもない。僕は自分で自分の居場所を見失い,自分勝手に孤立しただけなのだから。結局僕は人が苦手だった。ただそれだけの話なのさ」  気の触れた猫たちの中心で心滋が僕を見あげた。「弥夢,弥夢なのか? 俺は,俺はずっと――」 「僕,もう行くよ。夜が来る前に帰らなきゃいけないから」 「待ってくれ,弥夢――おまえ,今何処にいる? おまえに会えるんじゃないかと思ってホームレスになったんだ」 「僕にも引けを取らないアホウだな。君は元どおりの道を行け。僕からもう自由になっていいんだよ」心滋から離れ,落陽へと浮上した。   猫たちが追跡を再始動させた。これだけ騒がしければ,キシモの杜に帰り着くまで怨霊たちも辟易して襲来してはこないだろう。 「また出てこいよ。出てこないと俺がそっちの世界に行くからな!」小さくかすむ心滋の影が怒鳴った。 「生きのいいのがいるな」空ぼてりを叩くように毛羽立った黒マントを払い,聖哉が出現した。やにわに夜の気配が深まってくる。「そんなに驚くな。逍遥する時間を黄昏時に変えたのだ」とほくそ笑みながら心滋に一瞥を投げた。「友とかいう存在か――人質にとれば俺のもとに来るのだろう?」そう言って,聖哉は僕に手をのばした。
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