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キシモの膝下
ようやく希は眠った。
午前2時を過ぎていた。まずい時間帯になった。怨霊の跳梁跋扈する時刻だ。キシモがさぞや胸を痛めていることだろう。藤蔓で打たれて数日は幽閉処分を食らうに違いない。
幽霊になった自覚もなく種々の怨霊たちに追い回され,街中を徘徊したあの夜が思い出される。高校生活の人間関係に悩み,10年近く引きこもりを続けたあげく母を喪い,数年後に現世に見切りをつけた。
母との再会が成就すると思っていたのに自死の天罰が下ったのか,天国への道はひらかれず,尖った石塊の転がる洞窟を延々と歩き続けて気づけば灯火のすっかり消えた歓楽街に佇んでいた。
この世界には引きこもれる場所などないぞと怨霊たちに囓られ殴られ蹴られながら,静寂で清浄な気につつまれる一画に逃げこめば,そこは神の支配する領域で,大層な怒りに触れて裂かれ焦がされ潰されながら這々の体で退散する――そんな繰り返しの後,街外れに広がる樹木の深海に潜伏した。息を殺していたが,遥か彼方から赤々と燃えさかる炎の塊がまっすぐに近づいてくる。自ら藪を出て額をぬかるんだ地面にこすりつけ,すぐに出ていくからと許しを請うた。
「まあ,何とかわいそうに……」絹の衣を幾重にも纏う長髪の美女が見おろしていた。それがキシモ神だった。キシモだけは傷をなめ,削がれた肉を埋めてくれた。粉砕された骨を固め,乾燥した魂を潤し,この杜に棲んでよいと言ってくれた。斯くしてキシモの膝下における幽霊生活が約束されたのだった。
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