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そこの景色は、今までに見た、どんなものよりも美しかった。
僕たちを中心に、昼と夜が入れ替わっていくようだった。
西は橙、東は藍。真ん中は橙と藍が混じって、何色とも言い難い、哀しい色をしていた。
夕陽は、いつものように、街の人たちを温かく照らしていて、月は、淡く白い、静かで優しい光を、その煌々とした黄色から放ち、西の空に浮かんでいた。きっと彼女にとっては当たり前で、酷く苦しい光なのだろう。でも、僕には、それが酷く、美しかった。
「私、この時に住みたかった」
フードが脱げ、さらさらと風に吹かれる長い黒髪をこめかみで抑えて、彼女は言った。
その手は既に輪郭がぼやけて、月の光と同じ光が溶けだしていた。
藍色の瞳が潤んでいた。涙は僕と同じ、透明だった。月のように、美しかった。
「貴方と、この、昼と夜の間に暮らしていたかった」
温かさと冷たさは一緒になくてはいけない。人は温かいだけじゃ生きていけない。逆に、冷たいだけでも生きていけない。どちらもが一緒にあるから、どちらもが尊くて、どちらもが憎らしくなる。人は、そうやって世界を憎んで、そうやって世界を愛していないと、生きられない。
あの街で、僕たちだけが人という生き物になってしまった。愛と痛みが無いと生きられない、哀しい生き物になってしまっていた。でも僕は、人間としてここに立っていて、幸せだ。
僕の涙は、地面に落ちる前に光になって、飛んでいってしまった。
彼女の涙も、もう透明ではなくなっていた。月の光になっていた。
「月が綺麗だね」
「月はずっと綺麗よ」
きっと来世は、この、刹那の哀しみの中に。
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