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夜のペンションの一室のフローリングは目を凝らさなければ見えないような細かいキズが多数できていた。
床面は電灯の光を鈍く反射して表面に白い小片がいくつも浮かんでいる。
小片から少し離れた所にテーブルの影があり、テーブルには20歳前後の外見をした数年の男女が集まっていた。
名は文字順にB、C、E、F、G、H1、H2、I、R、T、Y、W、12人だった。
一年間活動実態がなく実質的な新入部員であったIにとっては誰が喋っていたのかよくわからず、
彼によってとられた議事録もどの発言を誰がしたのか不明確な雑然としたものだった。
「やはりまず昼と夜の間には何があるか、ということだね」
「それはお前、夕方だろう」
「そこには一つ問題がある。昼と夜の間に夕方があるとすれば夕方は昼に含まれないことになる」
「そういうものか?」
「いや、絶対そうなるだろう夕方が昼に含まれないなら昼と夜の定義はなんだ?」
「陽の光がでている時間帯と出ていない時間帯、かな?」、C。
「そうだ。そうすると夕方も、ついでに朝も昼に含まれることになる。昼と夜の間とは夕方と夜の境界」
「あのね、理系の人で大学1,2年生のうちはそういうこと言い出す人は多いと思うけどね、昼は夕方を含まないというように言葉の基本概念を定義に含めればいいだけだから」
「そう断定するのもそれはそれで問題があると思うな。結局このお題というのは"昼と夜の間"、だ。"夕方あるいは夕刻"、ではないんだ。」
「確かにそれはそう。昼と夜はそれぞれどういうもので、その間には何があるか、そこから述べていくのがお題に沿った解答というものではないかな。」
「そうとなればやはり物理的に考えていくべきだな。夜から時間を巻き戻して太陽光の量が増えていき、どこからが夕方になるかを調べる。その境界線は無なのか、……」
「数学的に言ったら0より大きい数なんていくらでも小さいのがあるんだから、間なんてなない。あえて言うなら0かな」
「昼と夜の間は夜、あるいは存在しないか、もう回答としてはそれでいいんじゃないの、こんな企画」
「確かにね。卒業と就職が決まって在学中は何も作ってないけど改めてクリエイティブなことがやりたいから協力してくれ、だなんて。」
「まあでも部長はサークルの仕事だけはきちんとやってくれていたし、この合宿も部長がポケットマネー付け加えてくれて普段より贅沢になってわけだからさ」
「でもそれもギャンブルで稼いだお金なわけでしょ?ちょっと時間の使い方に疑問を持たざるを得ないかな」
「まあでもまとまった黒字になるだけ有能じゃないか留年分の学費も自分で出してたみたいだし」
「その辺は結局就活もうまくいったしあとは本人の問題だからいいんだけどな、今回の企画についてはどこまで本気かも分からないし力の入れどころが分からないんだよな」
「まだ初日だし今日は適当に済ませていいのかもね」
「とはいえ現状で終わりというのは流石に申し訳ない。もう一捻り出来たら気分転換に一旦飲みに入ってその後で再開するというのは」
「そもそも昼と夜の間は存在しない、とか夜だ、とか言っても一般向けのコンテンツとして成立しないよね」
「じゃあ話を戻すと、昼の終わりである夕方と、夜の始まりの境界ってどこにあるのか、ということになるな」
「またそういう無駄にテクニカルな話を」
「でもこれ以外の論点ってなかなかないだろ」
「いや、文化論としては夕暮れ時の短い時間という特質を活かした作品の基本設定とかそういう」
「そういえばコンテンツの話なんだしそれは当然あるな。悪いな、視野が狭かったようだ。」
「お前自分の誤りを認めるのだけは潔いよな」
「無意味な当てこすりはやめてくれないか」
「夕方と夜の境界という方向の話で思いついたんだけどいいかな」
「ああ、すまんな。続けてくれ」
「昼から夜になるまでの風景をビデオにとる。それを実験協力者に見せて再生や巻戻しを繰りしてもらうんだ。」
「被験者に夕方と夜の境界を決めてもらうということ?」
「そう、それで被験者はシークバーの上を行ったり来たりして思い悩む。一時停止しながら内申で唸って考えるんだ。そこに現れるものは何かというと……」
「それはまさか、自分?」
「そう、境界をいくら探そうとしても見つからないまま無為に時間が過ぎていく、、そこにあらわれるのは無、ということもできるけどよりもう一つの答は自分、だよね」
「なるほどね。夕方と夜の間を探して見つかるのあるのは」
「でもそうすると昼と夜の間にあるのは夕方、っていう一般的イメージとの整合性がとれないのではないか」
「昼の終わりの夕方と夜の終わりの日没の間を探していて自分が見つかる、みたいにすれば回避できると思う」
「それでいいんじゃないかな、一応まとまったということでいいだろ、もう」
「よし、じゃあ"昼の終わりの夕方と夜の終わりの日没の間にあるものを探すと自分が見つかる"、で飲み会に移行、飽きてきたら有志がこの件に戻る、と」
「賛成」
「異議なし」
一同はうなずくと飲み会の準備を始めた。
先程まで会話と酒盛りが行われていた部屋テーブルに2人の人間が座っていた。Yと、先程までいなかった男でKと呼ばれる男である。
Kは小さく口を動かながら不明瞭な言葉を発している。YはノートPCで文字を打ちながら、よどみなく聞き取りやすい文章を口に出した。
2人の声色は男女の違いも流暢さも大きな差があったが、2人の表情はそこに不整合さを何も感じていないようだった。
「議事録はちゃんと送れているようですね。それで結局今日はなんで遅れたんですか?折角みんなが準備してきてくれたのに本人がいないというのはちょっと……」、Y。
「……」、Y。
「はあ、新しいバイトで引っ越しの費用と弟の学費を……何というかギャンブルでそこまで稼げる人はあんまりいないと思いますが
何というか先輩は留年したのに以降学費も生活費を全部自分で出した件からそうですけど何かとタイミングというか方向性がちょっとズレてますね。
……はあ、入社後は業務と自分の作品に専念したいから今のうちにまとまった額を稼いでおきたい……まあ合宿予算を一部補填して頂いているわけですし
ご健闘をお祈りしますとしか言えないですね。」、Y。
「それにしても普通自分の作品リストというのは内定がでる前に作るものだと思いますが・・・転職は・・・まだ考えてないんですよね?入社前ですもんね。
そもそもどういう所に決まったんでしたっけ?・・・ええっとvtuber事務所?ああ動画サイトでCGのキャラクターが喋ったり動いたりするあれですか」、Y。
「……」、K。
「まあね、私はライターのバイトやりながら小説の投稿をしている古いタイプの人間ですからあんまりそういう新しい世界のことはわからないんですけど
創作方面で何かビジネスにつなげようとすると今はそういう方向に行くんでしょうね。」、Y。彼女はそう言うとキーボードを叩く手を一旦止めて傍にあった水を飲んだ。
Kは黙ってYの持ったコップの動きを眺めていた。
「それで結局今日のお題は、何に使うんですか?」、Y。
「……」、K。
「vtuberでお笑い芸人ユニットを作って、そこでのネタ出しの原案とする……ですか。あるようでなさそうなアイデアですね。また同じようなことをしたいならみんな協力すると思いますよ。
最後に先輩と最初の共同創作っぽいことが出来たのは良かったです。」、Y。
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