それは突然のことだった!

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それは突然のことだった!

#1  足音が遠ざかった。  痛みは別にない。  何もかも自分で蒔いたことだったな、と王基は思った。  風が樹々を揺すっている。  右脇腹に突き刺さっている匕首に触れてみた。  強烈な電流が全身を駆け抜けた。 「ヤバイなぁ・・・」  誰に言うともなく呟いていた。 #2  ガラス越しに見る牛の山はピクリとも動かない。  人工呼吸器の目盛りが揺れているだけだった。  ちょっとした怪我だと思っていたのに、強烈な感染症を引き起こしてしまい、拠所無い状況が続いていた。  師匠も同じ部屋の力士たちも駆けつけていた。  牛の山の姿を目の当たりにして、嗚咽を漏らす者もいた。  明るくて気風が良くて、力士には向かないくらい優しい男だった。  心電図が揺れた。  看護師の顔色が変わった。 #3 「ねぇ・・・」  誰かに呼ばれた。  王基は立ち上がり振りむいた。 「あっ、立ち上がってる・・・??」 「なにかあった!?」  卒業式でもあったのだろうか・・・そんな時期でもないから、結婚式の帰りなのだろうか・・・。はいからさん、とよくいわれているような恰好をした女性が立って、こっちを見つめていることに王基は気付いた。 「何かって・・・ちょっと揉めてたんだけど」  右脇腹の匕首を見せてやろうとしたら、そこには何も刺さってなどいなかった。 「??」 「どうかした!?」 「いや、オレのここに・・・」 「あたしがすべて取ってあげたから・・・」 「あんた誰!?」 「・・・まゆポンとでも呼んで・・・」 「どうしてそんな格好してるの!?」 「それはあなたがそういう格好をしていることと同じよ」 「好きなの!?」 「そうね」 「オレのこと助けてくれたわけ!?」 「一応は・・・でも、それはこれからのあなた次第」 「どういうこと!?」 「頼みを聞いて欲しいの」 「面倒な事に巻き込まれるのはまっぴらだよ」 「面倒かどうかは考え方次第・・・でも、引き受けたら損か得かってことなら、絶対王基君の損にはならないことだと思う」 「どうしてオレの名前を!?」 「この辺では有名でしょ!?低能バカのチンピラとして」 「!」 「そうやってすぐカッとなって、何か得した!?」 「・・・」 「そんなことの挙句に、さっきみたいなことになってしまったんでしょ!?」 「説教なんかごめんだぜ」 「そうじゃないの、あなたのそのカッとなる闘争心みたいなものをちょっと貸してもらいたいの」 「どういうことだよ・・・それにあんたは一体何者なんだよ」 「細かいことは後で説明してあげる」 「わかり易く手短に頼むよ」 「おバカさんでも理解できるように話してあげる!?」 「!」 「もう一度言ってみろって今思った!?」 「・・・」 「なんなんだよ、おれをからかってんのかよ・・・て!?」 「マジムカつく!」 「来て!」 「!」 #4  その病室は7階にあった。  医師や看護師が懸命に何かしていることが窓越しにわかる。 「あいつ誰だよ」 「牛の山君」 「牛の山!?」 「変な名だなぁ」 「お相撲さんよ」 「投げ飛ばされてドタマでもかち割ったのかよ」 「ケガがもとでひどい感染症になって、今、峠を彷徨ってるの」 「峠!?」 「箱根峠よ」 「マジムカつく」 「ほとんど回復の見込みがない状況なのよ」 「ナンマンダブナンマンダブ・・・」 「でね、相談って言うのは」 「あいつのとどめをオレにさせってわけか!?」 「そんなことのために王基君を呼ぶわけないでしょ」 「オレには何にもしてあげられることがねぇよ」 「あたしがちょっとしたミラクルなことをするから、王基君はそれに従って、牛の山君の身体に入って、元気になって、もう一度お相撲を取って貰いたいの」 「相撲!?」 「そのことも含めて後で説明する」 「・・・ところでオレって人間は、どうなってしまってるんだよ、生きてんのかくたばっちまってるのか・・・」 「どっちだって良かったんでしょ!?いつくたばっても良いってことで生きてたんでしょ!?」 「そうだけど・・・そのへんはっきりしときたいじゃねえか、ねぇ、まゆポンチャン」 「チャンはつけなくていいから」  王基はまゆポンの瞳に映っている自分の顔を眺めた。  ボコボコに晴れていた。  でも何にも痛くなかった。  不思議な気がした。 「あっ」  まゆポンが小さく叫んだ。 「時間が無くなったわ」 「!?」 「牛君の呼吸が止まっちゃった・・・」 「マジヤベエジャン」 「ヤベエのよ」
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