俺が相撲取りに!?

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俺が相撲取りに!?

#5  心電図が一本の線になってしまった。  人工呼吸器だけが無意味に作動していた。  医師も看護師もあわてたが、もうどうしようもないものだという気がしていた。  ガラスに阻まれたところに群がっている葛西川部屋の面々が、すがるようなまなざしで医療従事者の手際を追いかけていた。  医師が瞳孔を覗き込んでいる。  脳波の反応もすでに消えてしまっていた。  医師が眼を閉じた。  ガラスに寄りかかるように泣き崩れるものがいた。大きな図体の男たちが、無邪気な子どものように大声を上げ嗚咽した。  葛西川親方が女将さんの方を抱きしめた。女将さんは青ざめ呆然としていた。 #6 「なんだかよく分かんねぇけど、そうすることでオレは、また別の人生を生きられんだな」  まゆポンは頷いた。 「じゃ良いぜ、魔法をかけてくれ」 「魔法じゃないんだけど、まぁいいわ、似たようななもんだから」 「てくまかまやこ~んテクマカマヤコ~ン・・・」 「うるさいわね、何言ってるのよ」 「カァちゃん先生が昔、オレが怪我した時よくこの呪文を言って、痛かったところを撫ぜてくれたら、治ったんだよ」 「・・・」 「ラミパスラミパスルルルルル~・・・っていうと」 「今いいからそれは」 「あっそ」  ギュッとまゆポンはその胸に王基を抱きしめた。  王基は一瞬息ができなくなってしまった。  どこかで嗅いだ優しい香りが鼻をくすぐった。 「どこだったっけ・・・」 と思っているうちに意識が飛んだ。 #7 「あっ・・・」 「牛の山君・・・」 「俺・・・」 「なんとか助かったわよ」 「えっ、でもこんなところにいて、まゆポンさんと・・・」 「見て・・・」  まゆポンが指さしたところに、牛の山は自分の姿を見つけた。 「あのベッドに横たわっているの、俺ですよね」 「そうよ」 「俺、あんなことになってしまってたんですか!?」 「強烈な感染症を引き起こしてしまってたのよ」 「で、俺、どうして・・・」 「助けるためにはこの手しかなかったから・・・ただ牛の山君いお願いがあるの」 「なんですか!?」 「しばらくの間、とあるアンチャンに成りすまして、病院のベッドで眠っててもらいたいの」 「どういうことですか・・・」 「ちょっと来て」 #8 「ここは・・・」 「東葛西臨海病院よ」 「霊安室じゃないですか!?」 「とっととこんなことになってしまったんだけど」 「どういう事っすか!?」 「こいつまだ生きてんのよ」 「!」 「息してないように見えるけどしてんのよ」 「医者が出も判断したんでしょ!?」 「魂が抜けちゃってるからね」 「・・・俺、来場所出たいっす・・・だから、ここで・・・」 「そうよね・・・出たいよね、でも今のままじゃあもう相撲は取れないのよ・・・右足、切断しなければならないくらいに壊疽が進行してしまっていたんだから」 「えっ!」 「ゴメン、ストレート過ぎたね」 「俺もう土俵に上がれないんですか!?」 「こいつとちょっとの間身体を入れ替えるの、そうしたら・・・」 「えっ!?この人の身体を借りて・・・」 「うん」 「強いんですか!?この人」 「相撲取ったことないって言ってたから、強いかどうかはまだわからないけど」 「そうっすか・・・俺のために・・・」  誰かがやって来る音が聞こえた。 「いい!?時間がないの」 「わかりました」 #8  病院の事務員らしき男が扉を開けた。  葬儀屋の男が不承不承に入って来た。  その瞬間、 「うううっぅうううぅぅぅ~~~~」  遺体が蠢いたのだった。  ふたりは絶叫して霊安室を飛び出した。 #9  まゆポンが病室を眺めている。  看護師が慌てふためき医師が何人か飛び込んで来た。  ガラスの向こうで泣き崩れた葛西川部屋の人々が、抱き合っていた。 「!」  誰かが、 「牛の山ぁ~!」 と大声で叫んだ。 「あの野郎!土俵際で打っ棄ったぜ!」  親方と女将さんが滂沱の涙を流しながら抱き合っていた。  心電図が動き出している。脳波の反応が大きく揺れている。 「意識が回復しそうな勢いだな」  医師のひとりが口にした。 #10  東葛西臨海病院の個室に運ばれていた。  呼吸器をつけられ、心電図や脳波の機械に表示された数字やグラフが微妙に揺れている。 「こんなこともあるんだなぁ」 「輸血がすぐにできる状態だったのが何よりだったな」 「こんな時に限ってRhマイナスABだったりするんだよ」 「でもそれがすぐに手配できたなんてことが・・・」 「このクランケの運ていうのか、生命力っていうのか・・・」
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