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土俵の中で生きて行くことって!?
#15
師匠に呼ばれた。
「今場所、どうする!?」
単刀直入に尋ねられた。
「出たいっす」
「身体の方はどうだ!?」
「取ってみたいです、相撲を始めてこんなに相撲って面白いとは思いませんでした」
「ホォ~」
「病気が牛君をひと回りもふた回りも大きくしたのかしら」
女将さんが優しい笑顔で言葉をかけてくれた。
「わかった、存分に暴れて来い!」
#16
西序二段32枚目、というのが番付だった。
番付表に牛の山という四股名が載っているのが、ちょっと嬉しかった。
「あいつに見せてやりたいなぁ~」
鳴滝大地の鼾に閉口しながら、出たベランダでボンヤリと奥の夜景を眺めていた。
あれは羽田空港なのだろうか。
「よぉ」
「あっ」
「久しぶり・・・」
「会いたいなぁって思ってたとこだったんだよ」
「何!?」
「番付表、あいつに届けられたらなって・・・」
「西序二段32枚目」
「そう」
「牛君は東幕下41枚目まで行ったことがあるから、まぁその地位じゃあ満足してないよ」
「そんなに強かったのか!?」
まゆポンは遠くを見つめ、エクボをそっと広げてみせた。
「一生懸命稽古してるみたいね」
「面白くなってきたよ、ふんどし一丁で一日過ごして汗流して腹一杯飯食ってそんでグーガーグーガー寝る日々がさ」
「3場所で十両になって欲しいの」
「??」
「十両にならないと相撲界では一端じゃないってこと分かったよね」
「まぁ」
「がんばってなれる!?」
「鳴滝大地みたいなやつをコテンコテンにしないと成れねぇんだろう!?」
「そういうことになっちゃうけど」
「う~ん・・・」
「東葛西のド不良がそんな弱気なの!?」
「そういう言い方・・・」
「助けるからさ」
「??」
「ウッシーがその約束をしたから、あたしここにこうして来れてるわけ、ウッシーがその願いを叶えられなかったら、なにもかもが泡と化してしまうわけ、あたしのことも、ウッシーのことも・・・それに王基君自身も」
「オレも!?」
「もう賽は投げられてるのよ」
「・・・」
「ただ相撲が好きになって、それを生きがいにして更生できましたって話じゃないのよ、みんなの存在がかかってるの」
「なんだよなんだよ・・・」
「それを叶えられたら自由になれるの」
「えっ!」
「相撲続けようが、また東葛西の屑に戻ろうが・・・」
「まゆポンさんは!?」
「あたしはデザイナーになることが夢だったからそっちに進むつもり」
「ウッシーは!?」
「牛君は、力士じゃなくなったら、日本一美味しいちゃんこ屋さんを安芸乃嵐さんとやるって言ってたわ」
「・・・そうか」
遠くでクラクションの音が響いた。
「9月場所11月場所、明けて1月場所3月場所の4場所を全勝で勝ち抜いたら、十両になれるわ」
「!」
「できる!?」
「オレを鳴滝大地の身体に宿らせてくれればやれる!」
「ウッシーじなっきゃダメなの!」
「う~ん・・・」
#17
「なんだよ、何ブツブツ言ってんだよ」
鳴滝大地がいつの間にか起きて来ていた。
「眠れねぇの!?」
「誰かの鼾がうるさくてさぁ」
「宝船山だな、あいつ鼻がひん曲がってるからなぁ」
もうまゆポンの姿はなかった。
「3ヶ月前、行徳浜公園でガキたちのすげえ出入りみたいなのがあって、そんで中学の後輩の知り合いから聞いたら、無茶苦茶やってた21のハングレ擬きがやられちまったんだけど、その犯人まだ捕まってなくてさ」
「そう・・・」
「ウッシーの中学の時の彼女、名前なんだったっけ」
「・・・」
「茉優さん・・・」
「・・・」
そんな娘がいたのか・・・。
「茉優ちゃんひどい目に遭わせたの、そのやられたハングレ擬きじゃないかって思うんだ」
「!」
どういうことだろう・・・何かオレの知らないところで・・・オレは誰かに操られていて・・・。
「つまんねぇこと急に言ってスマン」
「いいよ」
「巡り巡って・・・てやつだと思うけど、俺も詳しく突き詰めたわけじゃないんだけど」
「そうか・・・」
「秋場所、頑張ろうな、俺絶対今場所中に成績残して15枚目まで上がって、年内には関取になってやろうって思ってるんだよ」
「うん」
「牛の山もまたすぐ幕下の戻ってさぁ、一緒に早く幕内力士になって、師匠がなれなかった大関になって見せようぜ」
「・・・」
何がどうなってこうなっているのかよくわからないけど、牛の山は、4場所連続優勝して、来年の夏場所には十両に上がってやると真剣に思った。
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