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奇跡に向かって
#21
付き人の仕事に戻って、大関精進山の圧倒的な一番を見て、花道の奥でその姿を出迎えた。
大関に連れて行ってもらった焼肉屋ではビップルームが用意されていた。
たらふく食べさせてもらい、今日勝った者には2万円が入ったポチ袋が配られ、負けた者にも5千円が入った敢闘賞と書かれた大入り袋が手渡された。
部屋に戻って初日祝いの宴に参加し、ここでも師匠から2万円が入ったポチ袋を貰った。
宴の後、明日、取り組みがある鳴滝大地と宝船山が、
「おめでとう!」
と言ってくれた。
王基は照れて、
「相手が勝手にひっくり返ってくれただけで4万円も貰っちゃったぜ」
「そこが相撲の妙味なんだよ」
と宝船山が笑った。
「でも同じようなことで、今度はこっちが相手に白星プレゼントしてしまうことがあるからなぁ」
「そんなもんかな」
「そんなもんよ」
あっさりした表情で鳴滝大地は答えた。
翌日、宝船山はもうちょっとのところで突き倒され、鳴滝大地は、土俵際まで追い詰めたのに、小手投げで土俵下まで投げ飛ばされてしまった。
4日目に東31枚目の錦風と対戦する。
185キロのこれまた巨漢力士である。幕下まで上がったことがある大学出らしい。ケガで序の口まで下がったけれど、そこからの復活を期している途中のようだ。
ブチカマシが得意らしい。
その日部屋を出る時、鳴滝大地が、
「十段の跳び箱飛ぶみたいにぶつかったら、右へ飛んでみろ」
「!?」
「錦風は右利きなんで体が左に開きやすい、バランスを崩してバタッて感じでぶっ倒れるよ」
「ありがとう!」
果たしてー。
#22
その通りになった。
6日目は、2番目の相撲で右肩を痛めた東30枚目の扇田山だった。
痛々しいテーピング姿だったが、審判部にいる親方が、
「土俵の上での同情は禁物だぞ」
と言ってくれたので思いっきりぶつかった。
負傷した右手をかばうように相手は左に飛んで、まわしを掴みに来た。
その瞬間中に入って一気に出た。
浴びせ倒しで勝った。
3連勝である。
あと1回はどうしても自力で勝たないといけない。3回は、まゆポンさんに頼めばいいわけだけど、あと1回、自力で勝てるだろうかと牛の山の王基は思った。
「とことんやってみたくなったの!?」
「えっ!?」
王基は驚いて花道の上で手を振っているまゆポンを見つけた。
「いいわ、頑張って・・・危ないと思った時にはクルクルリン♪て音がするから、そうしたら王基は勝ってるから」
「クルクルリン!?」
#23
絶体絶命だった。
3連勝同士がぶつけられる。そういうルールになっているらしい。
モンゴルからやってきた高校相撲の準優勝者だった。
ザンバラヤの髪が逆に似合っていた。眼付も鋭い。狼のような表情だ。その辺のハングレどもとは格が違っている。195センチ165キロの堂々とした体格は、圧倒されるものがある。
押して押して押し捲った。
けど余裕で抱えられてしまった。
「アッ、オレ負ける!」
はっきりとそう思った。予感は的中した。
一気に吊り上げられ土俵際に運ばれた。抱きついていた。足を絡みつけようとした。出も腹に乗せられ、ストンと落とされた。
「まゆポン!」
大声で叫んでいた。
クルクルリン♪・・・と音がした。
振り向いたら、雷ノ島が呆然と土俵の外で立ち尽くしていた。
「勝負あった!」
行司さんの声が聞こえた。
寄り切りで牛の山の勝ち・・・場内アナウンスを聞いても、いつ寄り切ったのかさえ分からなかった。
まゆポンが、花道に走り寄って来て、クルクルリン♪都市希望のようなものを振ったらキレイな音色が響いて来た。
「危なかったよ」
「やっとあたしの出番が来たわね」
「連勝同士がこれからはぶつけられるから半端じゃねぇな」
「お互い様よ」
#24
勝ち越しただけではどうしようもない。中日8日目に先場所序ノ口優勝した日出乃勢と対戦することになった。16歳になったばかりの新鋭だ。中学出てドカチンを3ヶ月やっていたそうだけど、紹介してくれる人があって常盤松部屋に入門した日出乃勢とは、葛西川部屋と同じ霧ヶ浜一門というやつで、出稽古にも行ったし、向こうからもやって来た。
その時何番か取ったことがあるが、まったく歯が立たなかった。
まゆポンにお願いするしかないようだ。でも、そんなこんなで6連勝して当たる相手となると、実力で勝てる相手なんかじゃない強烈な力士、ということになる。
「何があっても押せ!」
それが王基に課せられた鉄則のように、師匠も大磯灘さんも、押して押して押し捲れ!と言う。
当日、支度部屋に入ったところで、日出乃勢が前の相撲で痛めた左足人体が断裂していたため、今日から休場ということを知らされた。
「マジかよ」
そんなこともあるのだ。
「牛の山ぁ~」
勝ち名乗りを受け、いよいよ5連勝ということになった。
#25
11日目に、元十両海坊主さんとあたって、強烈な張り手を喰らわされ、眩暈がした瞬間、その場に頽れそうになったところを、まゆポンが支えてくれ、海坊主が勝ったと思って力を抜いたその手にしがみ付き、態勢が変わった瞬間、その手を小手に振る格好になった。
「!」
慌てた海坊主が手を抜こうとすればするほど決まって行き、そのまま力いっぱい振り切ってやった。
すると土俵下まで飛んで行き、呻き声をあげて砂被りに蹲った。
小手投げだ。
プロレスの技を施設ではよく仲間らとやり合っては遊んでいた。
決して反則技じゃなかったのが功を奏した。
礼をし合った時、海坊主が首を振りながらジロリと王基の方を睨んだ。そして王基の背後か周辺に、まるで誰かがいるように視線を走らせた。
まゆポンのことが一瞬見えたのかな、と思ったが、
「絶対大丈夫」
♪クルクルリンと澄んだ音が響いたのと同時に、まゆポンの声がした。
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