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クルクルリンパで突っ走れ!
#26
連勝で来ている者が、牛の山以外に5人いた。
七番相撲は優勝を左右する大きな一番となる。
千秋楽まで4日あった。
大関からは、優勝したらボーナスとして20万やる、と約束してくれた。
まゆポンがいるからもうそれは貰ったも同然だった。親方からも祝儀が出るらしい。全勝優勝ということになると来場所は三段目の真ん中ぐらいまで番付を上げることになる。
元幕内まで行った碧空関が対戦相手だった。
雷鳴山さんから徹底的に離れて取れ、というアドバイスを貰った。
「組まれたら、抱え込まれて、ハズを噛まされたら二進も三進も動けなくなる、離れてレスリングみたいに動き回れ、そうしたら牛の山にも勝機が開ける」
「そうっすか!?
「土俵際でお前のクルクルリンパがもしかしたら生きて来るかもしれねぇよ」
「よく見ててくれてるんすね」
「あたりまえだよ、あぁいうのも澄もうとしてはとても大事な戦法だし、土俵際で諦めないのが力士の真骨頂だよ」
「うっす」
「それにしてもお前の相撲、大病してから変わったな」
「!?」
「そういうもんなのかもしれないけど、追い詰められても追い詰められても上手く躱してクルクルリンパに持っていく、なんか型ができそうだな」
「どすこいしてきます!」
「オレも今日勝ち越しがかかってっからな」
「打ち上げでは美酒に酔いましょう!」
「大関も全勝で横綱との決戦だもんな」
「クルクルリンパで勝ってもらえれば最高っす」
「大関は一直線だろう、電車道だろう」
#27
ブッ飛ばされても、叩かれても、突かれても、張り手を喰らわされても、怯むことなく突っ込んで行った。何度も何度も突っ込んで、腕を手繰られ、ハズをかまされ、小手に振られそうになっても、離れて距離を取って、右へ左へ動き回った。
「長くなるとデブは疲れっから」
大関がニコッと昨日アドバイスしてくれた言葉が浮かんだ。
でも最後はまわしを掴まれ、一編に土俵際へと運ばれてしまった。
「まゆポン!」
咄嗟に叫んでいた。次の瞬間、スポッと王基の身体がみている者の目にもとまらぬ速さで碧空に抱えられていた手から、抜け落ちるように消え、
何事が起ったのかと碧空自身がハッと思ったその瞬間、横からズドンと全身で牛の山がぶつかって来た。
「!」
碧空は俵につんのめって、そのまま土俵下へと転がり落ち、水掫打っ砂被りに仰向けになって倒れた。
「優勝した!」
王基は心の中で絶叫した。
思わず拳を握り締めていた。
まゆポンに助けてもらったけど、なんとかかんとか優勝することができた。
王基はベッドで横たわっている牛の山に、一番に教えてあげたかった。
「お前が、お前の身体が、全力でぶつかったからできたことなんだぜ!」
そう伝えてやりたかった。
#28
〝クルクルリンパの牛の山〟
いつしかそんなふうに呼ばれるようになっていた。
三段目東41枚目に昇進した九州場所でも全勝優勝した。
明けて初場所西幕下45枚目でも7戦全勝で、春場所を迎え、東幕下12枚目という、もし全勝優勝したら問答無用で十両に昇進させてもらえる地位にまで駆け上がることができた。
クルクルリンパはまゆポンのおかげだった。
なんとかしのいで4番勝てばいいだけだった。運が良いことに必ず不戦勝が1つ付いた。
結果から言えば3つ自力で勝っただけのことだった。
番付けが上がると実力が雲泥の差だから、同じ1勝でも全然その価値や重みは違っていた。奇跡としか言いようがないけど、それが現実になったのだ。
牛の山は注目力士になってマスコミにも取り上げられた。
そして順調に大阪場所でも星を伸ばしていた。
#29
窓から個室を眺めていた。
東葛西臨海病院の一室で横たわる王基の姿が目に入った。
牛の山はまゆポンに連れられて、その姿に見入っていた。
「オレがオレを見ているわけじゃねぇんだよな」
「あくまでもウッシーの今の姿よ」
「体重25キロ痩せたけど、稽古とちゃんこで30キロ増やしたからな、今の牛の山の身体にやつが戻るときっと、まゆポンの手助けも必要ないくらい強い力士になって、十両幕内って駆け上って行くよ」
「そうね」
「オレ、約束通り幕下全勝して優勝すれば、どうなるの!?」
「そのことを今まで話してなかったものね」
「オレ、どうなってもいいよ、まゆポンに出会えて、こんな世界生かしてもらえて、オレ感謝してるんだよ、誰かの役に立っていることがうれしかったし、宝船山や鳴滝大地なんかと、無二の親友になれたし・・・今まで俺にそんな人間誰一人いなかったからさぁ・・・」
まゆポンは首を振った。
「いなかったんじゃなくていたのに気付かなかっただけ」
「まゆポン、オレ・・・牛の山と入れ替わってオレに戻って、そんで、一からまた相撲の世界でやってみた追って思うんだけど、そんなことできんのかなぁ」
「そう本気で思ったの!?」
「夢とか希望とか、目標とか目指す者とか何にもなかったオレが、なんだかこの途方もない強烈な世界でなら生きて行けそうな気がしたんだよ」
「掛け合ってみる」
「誰に!?親方に!?」
「とんでもない世界の王に・・・」
「王!?」
「そうとしか言えないの、王でも何でもないけど、そういう説明でないと多分理解できないと思うから」
「まゆポンさんはこの世の人じゃないの!?」
「私はあなたに助けられた人間のひとりよ」
「オレが!?」
「牛の山君もそうなの」
「ウッシーも!?・・・オレでも誰とも会ったことないよ」
「でもこの世に生まれて生きて、そうして知らず知らずのうちに関わり合って、こうしてこんなわけわかんない世界を今共有しているわけなんだから」
「そうか・・・そうだよねぇ、魂みたいにこうして浮遊しているんだもんなぁ・・・どすこい!」
「いろんな理不尽な力がこの世界にはあって、こうにかならなかった結果の集積のように、今・・・という時間が過ぎて行っているわけだけど、こうじゃない世界、こうなるはずだった世界が一杯その周辺にはあって、幾重にも折り重なっているの」
「オレ、綱張りてぇ~・・・牛の山と一緒に相撲取りてぇ~・・・」
「千秋楽、自力で勝って・・・そうしたら、もしかしたら・・・」
「マジかよ、やるよ、オレ絶対やってみせるよ、オレの土俵際のクルクルリンパはただもんじゃねぇんだよ!半端じゃねぇんだよ!」
皓皓とした春の月の光りが、眠り続ける王基の顔を照らしていた。
#30
孤独かもしれない。
苦痛かもしれない。
理不尽なことばかりかもしれない。
何のために生きているのか、誰かのためになっているのか、何かのために生きなければならないのか、誰かのために何かしなければならないのか。
答えを見つけ出さないと、生きている意味はないのか。
答えは誰が決めるのか。
答えなければならない意味がどこにあるのか。
我々はどこへ行こうとしているのか。
どこかへ行かなければならないのか。
意識や世界を超越した、それは神や仏に象徴される世界なのか。
孤独でいいじゃないか。
ひとりでいいじゃないか。
でも誰かがいてくれたら楽しいと思えたのなら・・・。
誰かと繋がり合っていることでホッとできたのなら・・・。
一肌でも二肌でも、漢気出して脱いでやるって、オレ思うんだ。
#31
2020年の世界では、新型コロナウィルスの感染拡大で、地球上は大変な騒動に陥った。すぐに収束すると楽観していたら、とんでもない広がりを見せ、現実に繰り広げられていることが、まるで絵空事のSF映画のようにしか実感できなかった。
そんななかででも、幾つもの行にはならなかった世界とこうにしかなれなかった世界が鬩ぎ合い、みんなが知っている世界が展開して行った。
でもー。
そう、でも・・・みんなが知らないもう一つの世界では、まゆポンは王基改め犇城の女将さんになり、牛の山は関脇に昇進して、小結に返り咲いた鳴滝大地とともに、横綱犇城の太刀持ちと露払いを立派に務めた。
白鵬どころじゃない大横綱となった犇城は、日々まゆポンの愛情に癒されながら、連勝記録を伸ばし続けて行ったのである。
#32
ただもっと知らない世界では、東葛西のハングレに強姦され殺された女のことその敵を取ろうとした弟が返り討ちに遭い、房総湾に捨てられた。
そのハングレと些細なことから大喧嘩になった王基というド不良が、東葛西公園でふたりのハングレを叩き殺し、ただ相討ちのように右脇腹に匕首を突き立てられ、出血多量でくたばったという世界もある。
#33
土俵際でクルクルリンパ、と身を躱す相撲取りのように、みんないつだってギリギリのところでなんとかして行こうと思って暮らしている。
#34
2020年の世界・・・それは2021年になっても終わらなかった。
でも、人類はあらゆる叡智を結集し、一つひとつ問題解決の道を辿って行った。
どうにでもして行くことができる。
〝クルクルリンパ・・・〟
澄んだ音が響いたような気がした。
まゆポンがー。
まゆポンの笑い声が、世界中を包み込んで行くー。
〈了〉
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