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「つぐつぐーおっはよー!」
どーんと背中にのしかかる重み。
俺、山咲嗣範は背中の重みに小さく溜め息をついた。
「―――重いっす…」
俺は無表情で背中の重みに話しかける。
「なんだよーかわいい恋人と朝から触れ合えて嬉しいだろう?それに重くないと思うんだけどー?」
ちぇっと仕方なくといった様子で身体を離すと口を尖らせてみせる朝比奈夕一つ上の先輩で、一ヶ月程前から俺とは恋人同士ということになっている。
先輩は男にしては綺麗すぎて可愛すぎて、危うすぎた。
俺が初めて先輩と話したのは先輩が家の鍵を無くしたとかで必死に探してるところだった。
俺は先輩の事はなんとなくだが知っていた。同じ学校の三年生だ。
随分綺麗な人もいるもんだ、と思っただけでたいして興味も抱かなかった。
その時も俺はただ目の前で困ってる人がいたから声をかけただけだった。
俺の見た目は表情筋が死んでるの?っていうくらい無表情の上に目つきも悪い。
親ですら「何考えてるかわからない。嬉しいなら嬉しそうな顔しなさい」とよく怒られたものだ。
ましてや他人なんて怖がって寄り付きもしなかった。
だけど厄介な事に、困ってる人は放っておけない性質なので困っている人を見るとつい声をかけてしまう。たいてい怖がられて逃げられて終わるのだが。
先輩も最初は突然声をかけてきた見知らぬ男に身体を強張らせていた。
それを悟られないように必死に笑顔を作っているのが痛々しかった。
怖がらせて申し訳ないと思ったが、無くし物なら一人より二人で探す方が早く見つかる、と先輩を促した。
二人で一緒に探して一時間。鍵は無事みつかった。
ぺこりと頭を下げ帰ろうと背中を向けたところを先輩に腕を掴まれた。
まだ何かあるのか、と振り向けばそのまま先輩の家に連れていかれた。
お願いがあるというのだ。
聞けば、その見た目から小さい頃、イタズラ目的で攫われかけた事があったのだとか。
俺とは反対の意味で苦労しているな、と思った。
大事にはならなかったとはいえ小さい頃に受けた心の傷は、周りの人間に対して恐怖感、嫌悪感を抱かせるのには充分だった。
それでもなんとか克服しようと頑張っていたが最近になって無言電話がかかってきたり、撮られた覚えのない写真が送られてきたり、ねっとりとした視線を感じたりするのだという。
そこで俺に恋人のふりをしてストーカーに諦めさせてほしいというのだ。
俺が先輩に対して邪な気持ちを抱かないと信用されてのお願いなのだろう。
あと怖い見た目?
俺はただこくりと頷いた。
それから二人の恋人のふりは始まった。
「朝比奈、おはよー!」
突然声をかけられ隣りを歩く先輩の身体が強張ったのがわかった。
あの人は確か先輩と同じクラスの―――山本……?さんだったか。
俺はちらりと山本を見てぺこりと軽く頭を下げた。
先輩は必死で恐怖や嫌悪感等の負の感情を隠し笑顔をつくる。
「おはようー!山本は朝から元気だな!」
「朝比奈は朝からいちゃついてんなー!」
山本はにやにやとからかうような顔で俺たちを見た。
先輩は俺の腕に自分の腕を絡ませてみせる。
僅かに先輩の震えが伝わる。
これもストーカー対策だ。相手がいるのだから無駄ですよ。俺たちはラブラブカップルですよ。諦めてください、と。
「へへー。俺とつぐつぐはラブラブなんだからいちゃいちゃしててもしょうがないよ、ねー」
先輩は笑顔で俺に同意を求める。
俺は無言でこくりと頷く。
俺はこういう見た目だし、自分からべたべたする必要もないし、してはいけない。
たとえ安心させる為であっても俺から抱きしめるなんて事はしてはいけない事なのだ。
俺はこの恋人のふりが始まって自分の中で決めた事があった。
他人が怖い先輩、他人に怖がられる俺。
そんな俺を先輩が頼ってくれたから。
俺は先輩を護ると決めたんだ。
俺からは決して指一本触れない。
先輩を邪な目で見ない。
先輩を決して好きにならない。
他人が怖いと震えるこの人が無条件で安心できる場所を作る為に。
先輩を護る為に俺は自分にも嘘をつく。
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