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***
だが。
神社にそうお願いをしたその日の夜。
自室でパソコンに向かっていた私の携帯のメールアドレスに、荒らしからのメールが届いてしまうことになるのだ。
それも、今までとは違う文面で。
『なんで嘘をつくんですか』
『なんで認めないんですか。
加害者は貴女の方なのに』
ぎょっとして固まる私の目の前で。
続けて受信される、二通目のメール。
『夫が優しいのをいいことに暴力を振るっていたのは貴女の方。
息子を守るために連れて逃げた夫を追いかけ回したのは貴女の方。
その二人を道路に突き飛ばして逃げたのは』
何で、と思った。
この相手は何を言っているのか。自分が加害者であるはずがない。私は布団の上に携帯を投げつけた。
「いい加減にしなさいよ!捨てられたのは私の方、悪いのはあっちよあっち!!」
あの人がちゃんと出世しないから。もっともっとお金を稼いで私に楽をさせてくれると言ったのにそうさせてくれないから、自分は躾をしただけだ。それを酷い言葉の暴力で詰ってきたのはどこのどいつか。確かに多少手を出したこともあったが、それこそ傷つけられてズタズタになった可哀想な私の心の正当防衛のようなものである。
私を傷つけて捨てたのはあちらだ。自分が、夫と息子に逃げられたような言い方をするなんて本当に人の心がない奴もいたものである。私はただ、間違いを認めることもせず私を捨てた馬鹿どもを思い知らせてやりたくて、探偵を使って居場所を突き止めて追いかけただけ。
微塵も反省しないから突き飛ばしてお仕置きしてやった、それだけ。そこにたまたま自動車が来たからなんだというのだ。これぞ因果応報ではないか。それをどうしてこの人間は、私を責めるような間違ったことばかり――。
――いや。そもそも、この相手は……本当に人間なの?
気づいて、私は冷水を浴びせられた気になった。
携帯のメールアドレスは、ネット通販でもSNSのログインでも使っていないはずで。
だから個人情報としても、どこから漏れる余地など殆どないはずなのに、何故メールが来たのだろう。
「!」
突然、携帯が鳴り始めた。底抜けに明るい着信メロディーとともに、布団の上で私のスマートフオンが震えている。
心臓の音が、煩いほどに鳴っていた。出てはいけない――そうは思うのに。手が勝手に携帯を拾い上げ、通話ボタンを押してしまうのだ。そもそも非通知の電話は、繋がらないように設定してあったはずだというのに。
「も……もしもし?」
掠れた声で告げる私。暫しの沈黙の後。
「なんで嘘をつくんですか」
大人の男性と、子供の声の二重奏。
聞き覚えのある二つの声は、通話口ではなく――私のすぐ後ろから聞こえたのだ。
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